大学では、なぜカネを巡る不正が続くのか 「工学部ヒラノ教授の事件ファイル」を読む
事務の人に見つかるといけないので、大学へは行きたくないところだが、教授はそれほど甘くない。かくして、できるだけ人に顔を合わせないよう、実験室にこもりきりで研究をせざるをえない、という最悪の状況になっていたりした。念のために申し上げておきますが、幸いなことに、私にはそのような経験は一度もございません。あ、教授らしく、保身してしもた……。
研究費捻出のためには学生もグル
学生に学会発表をさせようにも、公的な研究費から旅費を出すことが難しかった。かといって、学生も教授もそれほど豊かではない。いかにして捻出するか。よく見聞きしたのは、学生にアルバイト謝金を出して、それをペイバックしてもらい――あるいはピンハネして――プールして使うというやり方だ。
実際に業務をさせて、その学生が納得していれば、少なくとも外見上の問題はない。が、アルバイトの実態がないのに謝金が払われているようなこともあった。いちばん問題なのは、はいそれでいいです、と言っていた学生が、どうしてペイバックしないといけないのかと素朴な疑問を感じたりすることである。そのとき、この美しきシステムはあっけなく崩壊する。
大学で教えていると、学生からの感謝などというのは期待すべきでなくて、逆恨みされなかったらよしとすべきであることが身にしみてわかってくる。いったん何らかのトラブルがあって、学生に不満でももたれ、ピンハネされてます、などと大学当局に通報されたら、こういう不正行為はひとたまりもない。実際にそうやって訴え出られて、お取り壊しになった研究室があったやに記憶している。
海外出張に行かずにごまかすことができたという、この本の第一章に紹介されているような話は、さすがに驚きだ。最初に海外出張に行ったのは、もう30年も前のことであるが、その頃でさえ、パスポートと航空券の提出が求められていた。
まぁ、こういうのは、大学によってルールに違いがあるのだろう。
今はめったになくなったけれど、かつては、給与を全額もらいながら、年単位の海外出張というかたちで留学している人もけっこういた。第三章にもあるように、そういう人は、公的な用務先の国以外に出ることは原則禁止であった。なので、ドイツ留学中の知り合いのひとりは、パスポートに出入国のスタンプが押されない国を選んで出国し、ひそかに観光を楽しんでいた。
が、どの国であったか忘れたが、事前に得ていた情報とは違って出入国スタンプを押されてしまって大慌て。気の毒に、帰国後どういう処罰を受けるのだろうかと案じてあげていたのだが、おとなしくしていたのは少しの間だけ。しばらくすると、何ら気にせずに、以前にも増してあちこちへ行くようになった。
「あれ、どうしたんですか?不正出入国っちゅうのは、ひとつでも、いくつやっても処分は同じやからですか」と聞いたら、驚くような答えが返ってきた。「いやぁ、もう、帰国直前にパスポートを紛失することにしたからいいんです」。
ん? ロンダリングである。なるほど、帰国時には、留学先の国の出国スタンプだけが押されているパスポートになるということか。必要は発明の母、なんと賢いのだ。こうして不正行為が案出されていくのかと感心した。
今は、昔と違って、研究費の使い方もずいぶんと融通が利くようになったので、不正をしてまで費用を捻出しなければならないような事情というのはなくなっている。それに、数多くの不正が行われるたびに、しらみ潰しのように、それぞれのトリックができないようにルールが決められてきたので、不正など簡単にできなくなっている。
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