ただ、そういうものが存在し、この会社にもそれがあるということだけはわかった。財務諸表バージンを30歳まで保ち続けていたのだから、いかに私の操が堅いかも証明されるのではなかろうか。
そのタイミングで大学院のアカウンティングの授業が始まった。
会社のおカネの動きを初めて知る
アカウンティングの授業で、ひととおりの基本的な指標分析を習った後、「では、自社と競合他社の指標分析をやってみよう」という課題が出た。前の会社に勤務しているときじゃなくて本当によかった。財務諸表を見せてくれなんて言ったら、スパイ扱いをされていたかもしれぬ……などと思いながら、家に帰って早速、エクセルを開いてがちゃがちゃとデータを打ち込む。
……ふむふむ。売り上げはライバル社のほうが多いけど、利益率はうちのほうが高いな。投資におカネをこれだけかけてるのか……。ライバル社はこんな感じか……。社員の人数がこれだけいて、この人数にお給料を払って……。
当時、私は秘書だったので、役員が投資家訪問をしたり、銀行回りをしたりするスケジュールを組むのが日々の業務だった。この課題を通して数字のいろいろを見ていると、途端に数字が色と形を持ち、数字以上の意味を持って、映像のように目の前に浮かんできた。
なんかもう、経営陣一人ひとりの顔が浮かんで仕方なかった。なんで資金調達が必要なのかということが、初めて腑に落ちた。目からウロコも落ちた。
私たち平社員は、「もっと給料欲しい~」とか、「うちの会社どうせボーナスないしね~」とか、好き勝手言える。嫌だったら転職すればいい。休んでも、業績が悪い月でも一定額のお給料をもらえる。これがどれだけすごいことなのか、数字のインパクトとしてとらえたのはそのときが初めてで、恐れおののいた。
私は、前の会社の売上高もちゃんと知らなかった。売り上げに自分がどれくらい貢献できていたのかもよくわからなかったし、ただただ給料が増えない不満ばかりを感じていた。けれど、そのとき初めて、世の中の社長の苦労に少し、本当にほんの少しだけ、触れられた気がする。そして自分の立場の気楽さを実感した。
今まで、会社に振り回されて生きてきたような気がしていた。実際振り回されたことも多いのだけど、でももしかしたら、サラリーマンってめちゃくちゃ恵まれている立場なのかもしれない……。背負うリスクも少なければ、ものすごい額のおカネの工面に走り回ることもないのだから。
「コスト意識」の高まりで給料のありがたみを知る
おカネのインパクトをリアルに感じたと同時に、新たな意識も芽生える。学校で何度も強調される「利益=売り上げ-コスト」という計算式。すなわち、利益を上げるためには売り上げを上げ、なおかつ、コストも下げなければいけない。
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