ウクライナをヨーロッパはなぜ「静観」するのか EUが今回の紛争を解決できない歴史的理由

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セルビア人は、クロアチアというヨーロッパ文明の周辺国と仲が悪い。犬猿の仲といってもいい。すでにルーマニアもブルガリアもEUに入っているのに、このまま宙ぶらりんの状態であることは気がかりだ。しかし、西欧はセルビアをなかなかヨーロッパ人として認めようとしない。それを示したのがユーゴ内戦(1991~2001年)だ。セルビアも進歩と文明のヨーロッパというブランドは欲しいが、クロアチアに小馬鹿にされることにいい気持ちはしない。

それ以上に、1990年代のユーゴ内戦における心の傷は大きい。セルビアはユーゴ内戦で徹底して悪者扱いされたことに、誇りを傷つけられている。アメリカのミサイルがベオグラードを直撃したことから、セルビア人は「セルビアはヨーロッパではない、アジアの一地域のように扱われた」と感じたのだ。

この戦争はまだEUが成立して間もない頃の出来事であったので、EUに解決能力はなく、NATO(北大西洋条約機構)のアメリカが内戦に干渉せざるをえなかったのだとしても、セルビアのショックは大きなものであった。それが、今もセルビアがロシアとアメリカとの間で宙に浮いている理由である。

おたおたしているEU

しかし、あれから20年以上が過ぎても、EUはEUとしての軍事組織や外交組織を持ちえていない。つねに個々の国の戦略が表に出ていて、EUを構成する諸国家の寄り合い所帯の域を出ていない。今、世界の外交バランスでいえばアメリカ、ロシア、中国の間に、経済的規模は大きいが政治的、軍事的力の弱い一地域としてのEUが存在するというような状況である。

セルビアは、このEUに頼ることは不安である。同じことは今回、ウクライナについてもいえる。アメリカの挑発とそれに乗ったロシアとの間に起きた今回の戦争において、EUにはまったく解決能力がないのだということを示してしまった。ヨーロッパは進歩、文明の地であったはずだが、いまや近隣諸国の軍事バランス変化の中でおたおたとしている状況である。今回の問題の解決をEUが出せなければ、EUは進歩の歴史の中心から立ち去るしかない。

最初に紹介したアリのように、非ヨーロッパでありたいということが一般的になれば、いよいよ西欧の出番はない。しかし、このことは西欧の周辺に陣取り、西欧風を気取っていたロシア、そして日本にもいえる。本物の西欧の衰退とともに、偽物の西欧も歴史の中心舞台から去らざるをえないのかもしれない。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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