実際、ロシアはウクライナ東部の親ロシア派支配地域であるルガンスク・ドネツク両州を押さえるにとどまらず、首都キエフにまで軍を進めた。ロシアがウクライナの全土占領までを企図しているかは定かではない。だが2月25日にロシアのペスコフ大統領報道官が停戦交渉の前提としてウクライナの「中立化と非軍事化」を挙げたことから、ウクライナを事実上ロシアの勢力下に置くことを目的としていると見られる。
ロシアにとっての「現在の犠牲」の小ささ
その背景には、侵攻に際しロシア側が「現在の犠牲」を低く見積もっていたことがあると考えられる。
ロシア軍は侵攻開始から数時間で、ミサイル攻撃などによってウクライナの防空システムと空軍基地を制圧したと発表した。また、プーチン氏は2月24日のテレビ演説で、「ロシアは世界で最も強力な核保有国の1つ」であると述べ、核兵器使用の可能性さえ示唆した。このようにロシア側は軍事力でウクライナ側を圧倒し、自分たちの側の「現在の犠牲」をそれほど恐れずに軍事作戦を展開できると判断したようである。しかも、アメリカをはじめNATO(北大西洋条約機構)側が直接軍事介入してこないことも安心材料となっている。
特に、アメリカの対外関与の後退という長期的趨勢に加え、アメリカがまずは中国の台頭に向き合わざるをえず、アジアとヨーロッパでの「二正面作戦」がとれないことを見透かされたかたちである。
2021年8月15日、アフガニスタンの首都カブールが反政府武装勢力タリバンの手により陥落した。必死に機体にしがみつく人びとを振り落としながらカブール空港を飛び立つアメリカ軍機の姿には世界中が衝撃を受けたが、この出来事がプーチン氏にも強い印象を与えたと想像できる。
ところで、第二次世界大戦で連合国が「紛争原因の根本的解決」の極を追求したのは、ナチス・ドイツが世界征服や(ユダヤ人に対しての)一民族の絶滅、(ソ連への)人種戦争を試みたことを考えると、その「将来の危険」が到底許容できないものだったからである。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら