経済産業省が8月末に発表した円高の影響に関する緊急調査によると、1ドル=85円の為替レートが継続した場合、製造業の4割が工場や開発拠点を海外に移転し、6割が海外での生産比率を拡大すると回答した。もしこのとおりになれば、日本国内の製造業の生産はかなりの程度にまで縮小するだろう。
これは、さまざまな問題を引き起こす。まず、国内の雇用問題が深刻化する。仮に製造業の3分の1が海外に移転すれば、失業率は6%程度上昇し、10%を超えるだろう。また、工場跡地をどうするかという深刻な問題も、現実的なものとなる。
「日本はものづくり」という夢を追ってエコカー補助などで需要を増やそうとしても、事態は悪化するばかりだ。これらは、一時的、緊急避難的なものであり、永続的ではないからである。
また、「90円台半ばが望ましい」といって為替介入しても、為替レートをかつてのような円安に戻すことはできない。本連載の第12回で述べたように、過去の介入で積み上げた外貨準備に37兆円もの巨額の損失が生じている。これ以上、無益な努力に国民の資産を無駄にするわけにはゆかない。
日本政府は、今年の初めに「国内立地補助金」制度を創設し、環境技術に関連する工場を国内に建設する場合、事業費の半分を企業に補助することとした。しかし、こうした施策は、仮に効果があるとしても、大勢に影響を与えることは困難だろう。国内の設備投資がほとんど増えない半面で海外での投資が急増していることが、それを示している。
産業構造の転換や内需主導経済への転換は、その是非を論議する段階ではなくなった。外需依存経済成長路線の崩壊と国内の脱工業化は、既成事実として急速に進展しているのだ。これを不可避のものとしてとらえ、それに積極的に対応することが必要だ。具体的には、これまで述べてきたように、付加価値の高いサービス産業を日本の中心産業とすることが不可欠である。
経済危機の発生からすでに3年が経過した。リーマンショックから数えても、すでに2年である。日本はこの期間を空費した。これ以上の空費は許されないだろう。
アメリカは、80年代に脱工業化という苦難の過程を経験した。それは痛みを伴う過程だった。自動車は政治力で生き延びたが、結局のところ破綻した。日本はその痛みをこれまで回避してきた。しかし、20年たって、ついにこの問題に正面から向き合わざるをえなくなったのだ。
・経済産業省「海外事業活動基本調査」
・経済産業省「海外現地法人の動向」
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。(写真:尾形文繁)
(週刊東洋経済2010年10月9日号)
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