オードリー・タンが本の文脈を即理解できる秘訣 他人との対話もすべて「読む」素材である

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だからといって何がなんでも1冊読み終えてから判断しなさいと言っているわけでもありません。ただ、せめて半分、あるいは一区切り読めば、作者の主な論点が明らかになっているかもしれないのです。そうすれば客観的に、中立的な判断を下せるでしょう。相手の話の腰を折りさえしなければ、相手や執筆者の文脈を完全に理解して判断することは、極めて簡単なのです。

判断を急がず、データを集めてから行動する

時には判断を下すのが難しい場合もあるでしょう。それは、頭の中に不確かなものが多くて、どういう状況が最適なのかわからないからです。自由に裁量してよい部分が多くなるほど判断が難しくなるのは、客観的なデータによる裏付けに乏しいからです。ですが判断を急ぐのをやめれば、客観的事実とその受け止め方が非常に明白になり、迅速な判断ができるようになります。機が熟したからです。たとえて言うなら、せいろで何かを蒸すのと同じです。もうできたかなと5分おきにふたを開けていたら、いつまでたっても蒸し上がりません。

読み終えたあとに文脈が形成されると、新たな文脈に沿って議論をやり直すこともできるうえ、その議論のあとに行動が触発されるという、より好ましい効果が生まれます。(コロナ禍で打撃を受けた台湾経済を立て直すための)経済振興策を決定する際に、台湾行政院が「振興三倍券(注3)」プランを発表したときがそうでした。

(注3)振興三倍券
国民1人当たり1000台湾元(日本円で約3600円)を自己負担することで、その三倍となる3000台湾元(約1万円)の消費ができる。中華民国(台湾)国籍を持つ国民と、在留資格(居留証)を持つ外国籍配偶者および中国籍配偶者であれば1人1セット受け取れる。使用期間は2020年7月15日から12月末まで。紙の「振興三倍券」のほか、デジタルの振興三倍券(モバイル決済、交通系ICカード、クレジットカード決済)の4種類から選べる。

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当時、なぜ現金の直接給付を行わないのかと何度も聞かれたように、このプランには異論が出ることが予想されていました。しかし、私たちは人々が外出できるようになることを望んでいました。当時、現金給付でなく、販売促進のためのチケットを配布するという判断を下したのは、人々は店でお金を受け渡しする体験を求めているのだと理解したからです。

一方で、私たちの真の目的はコロナ禍で苦境にある小売店や飲食店の皆さんに(人々から手が差し伸べられていると感じて)温かい気持ちになってもらうことだとも意識していました。この感覚は自分の銀行口座にお金が振り込まれることでは得られません。人々が外に出て消費活動を行ってこそお金が役立つのです。

この決定を迅速に下すことができたのは、客観的事実と、人々がどんな体験を求めているのかを示すデータが十分に収集できていたからです。やはり初期に性急な判断を下さなかったことが功を奏したと言えるでしょう。

前回:タピオカミルクティーの仕掛けが何とも奥深い訳(2月11日配信)

オードリー・タン 台湾デジタル担当政務委員

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Audrey Tang

1981年台湾台北市に、新聞社勤務の両親のもとに生まれる。幼少時から独学でプログラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語Perl6開発への貢献で世界から注目を浴びる。トランスジェンダーであることを公表。
2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなどの人工知能プロジェクトに加わる。その後、ビジネスの世界から引退。蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。

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