「科学で感覚を磨く」、それが"究極のID野球" 運動動作解析の第一人者、川村卓氏に聞く

✎ 1〜 ✎ 39 ✎ 40 ✎ 41 ✎ 42
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

だが川村が球速140~150キロメートルの投手たちを集めて実験すると、内外旋による違いをあまり見出せなかった。手首のスナップについて調べても、大きな差はない。最後に判明したのが、人差し指と中指による力の差だった。

ピッチングでは股関節で生み出す力や体重移動、地面からの反力など多くの力が活用されるが、最後にボールを離すのは人差し指と中指だ。この2本をうまく使えなければ、スピードボールを投げることはできない。川村がそんな話を振ると、新谷は大きくうなずいた。

「確かに俺が全盛期の頃は、真下にボールを投げていたな。真下に投げる感じで腕を振れば、150キロメートルくらい出ていた」

川村の理論と新谷の感覚は見事に合致していた。最高レベルの投手の感覚を理論化できたことは、川村にとって大きな収穫だった。野球に熱中する少年たちに、どうすればプロの感覚に近づけるかを説明できるからだ。

子どもたちにこそ広めていきたい“ID野球”

川村が野球教室に行くと、正しいボールの握り方を知らない少年やコーチが珍しくない。人差し指と中指でボールを弾く感覚を身につけないまま大人になると、思うようにコントロールできなくなる。川村は2000年から筑波大で大学生を教え、そうした選手を数多く見てきた。ボールを操る感覚は子どもの頃に身につけるもので、大学生で修正するのは至難の業だ。正しい方法論を知らないまま大人になると、間違った枠組みの中で最適なものを見つけるしかなくなる。大人になったときに手遅れにならないためにも、子どもたちに正しい理論を広めていくことが大切だと川村は考えている。

「日本の少年野球には、近所の父兄がボランティアで教えて発展してきたという背景もあります。そういう方々が自由な発想でやってきたことが、日本の野球を支えてきたと思います。反面、理にかなわない指導をされたことで、本来は伸びる子どもたちが全然伸びなかったということがすごく起きている。だから今後は理論や指導法を体系化して、『これがスタンダードな指導ですよ』と出していかなければならない。子どもの数が減っていることを考えても、全員を伸ばしていく必要があります」

他人同士が感覚をわかり合うには、限界がある。だが、科学やデータで表すことができれば、誰もが理解できる方法を提示できる。そうした取り組みが裾野を広げ、レベルアップにもつながっていく。

川村の野球選手としてのキャリアは、筑波大学が最後だ。それでも、中日で活躍している藤井淳史を輩出するなど大学トップレベルの指導をできるのは、理論に裏打ちされた方法を持っているからだ。

「私くらいのキャリアしかなくても、しっかり勉強すれば、ある程度のコーチングをできるのだと示したい。それが広がっていけば、正しいコーチングも広まっていくのかなという気がしています」

科学の力により、一流選手が持つ感覚を“見える化”する。川村のそうしたアプローチが浸透していけば、将来、日本の野球指導法は大きく変わっている可能性がある。

=敬称略=

中島 大輔 スポーツライター

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

なかじま だいすけ / Daisuke Nakajima

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックに移籍した中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた「野球消滅」。「中南米野球はなぜ強いのか」(亜紀書房)で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。NewsPicksのスポーツ記事を担当。文春野球で西武の監督代行を務める。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事