無数の離婚を見てきた私が悟った「距離の置き方」 慰謝料1億円で別れたって心の平和は訪れない

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和解というのは、人から「させられる」と納得がいかないものですが、自ら積極的に「選ぶ」と急に自分に人生の舵が戻ってきて、前向きになれるものです。長年の配偶者への恨みや、裏切られたことへの怒り、家族にまつわるお金のトラブル……これらから解放された相談者は、怒りの般若の面を外し、心に安寧を取り戻して、穏やかな顔をして帰っていかれたものです。

私は思わずそんな相談者のお顔を見て「あら、本当は美人だったのね」なんて言ってしまっていましたが、皆さんもう怒りの種もなくなっていて、「あら」と、ペロッと舌を出して照れたりね。

「正しさ」の攻防戦はどちらも負け!?

コロナ禍になって、行き場のないストレスを正しさの主張に回す人が増えているように思いますが、正しさの主張というのはしばしば、波乱を呼びます。人の争いの間に立っていた長い法曹人生を通じて感じたことは、やっぱり、人の心は法で決められた正しさだけでは裁けないし、変えられないのだということでした。それぞれに正しいと思うことと、真実があるのだということに気づかされるばかりでしたね。

人間関係が行き詰まっているときに大切なのは、お互いの立場や気持ちを少しだけ思いやってみるということ。人間関係のもつれをほどくために必要なのは法でも、正しさや正義の追求でもないのです。

たとえば、もう何十年か前の話ですが、独身時代にためたお金の存在を、妻に20年も隠していた夫がいました。法律では、独身時代の財産は個人のものなので隠していても問題はありません。でも、妻の気持ちを聞いてみると、「隠し事をされていたことが許せないのです。信頼されていなかったんだと思って」となるわけです。ここでもしも夫が、法に基づいて妻に自分の正しさを主張したら、きっと心の糸はさらにもつれてしまうでしょう。結局、正しさの攻防戦をはじめたら、どちらも負けなのです。正しいことをいうときほど、ほんのすこし控えめに言いたいものですね。

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コロナ禍で、人との関わり方が変わり、本当に必要な人間関係が見えてきたという人もいるでしょう。一方で、これまでになく家族と濃密な時間を過ごすようになって、夫や妻、親、子どもとの関係性にストレスを感じているという人も少なくないかもしれません。

大事なのは、心にもほどよい距離……ソーシャルディスタンスが必要だということ。

人は不思議なもので、どんなに親しくとも、近づきすぎるとイラっとし、少し引いて立てば、やさしくなれます。大事なのは、同じ家の中で長い時間を過ごしても、相手の心の奥にまで土足でズカズカと入ろうとしないこと。互いの居場所を奪わずに過ごすことができたら、人間関係の整理整頓は進むでしょう。

湯川 久子 弁護士

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ゆかわ ひさこ / Hisako Yukawa

1927年、熊本県生まれ。中央大学法学部卒。1954年に司法試験合格、ほどなく結婚し、1957年“九州第1号の女性弁護士"として福岡市に開業。2人の子を育てながら、60年を超える弁護士人生の中で、1万件以上の離婚や相続などの人間関係の問題を扱い、女性の生き方と幸せの行く末を見守り続けてきた。1958年より2000年まで福岡家庭裁判所調停委員。調停の席につく際は、あえて弁護士バッジをはずし、人生の先輩として家族問題の仲介に。流教授嘱託として理事も務めた。90歳の今も現役。世代をまたいで訪ねてくる相談者も多い。

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