「なにごとも、使命感がないと、あかんな」

悩み抜いた末に得た、生涯における悟り

その使命感の感得が、天理教の本山に行ったことが、きっかけであることは、もちろん知っていたが、昭和51年(1976年)10月のある日、夕食を共にしながら、話の中でこのことを直接松下に確認してみようと思い、「どうして、松下電器の使命、産業人の使命を感得されたのですか」と尋ねてみた。

相手の困難な姿にずいぶんと悩んだ

昭和7年頃やな。天理教に連れていってもらったんは。その頃な、ずいぶん悩んだことがあってな。商売やろ。商売やから、どうしても他の店と自然、競争ということになるわな。向こうも一生懸命やるけど、こっちも一生懸命やる。まあ、その当時から、そういう商売ということになればな、たいてい、わしが勝ちよるんや。いつもいつもというわけにはいかんが、うまくいくんやな。そうすると、ときとして、相手の店は、困難な姿になったりする。その姿を見て、ずいぶんと悩んだんや。どうしてやろうか、それで、ええんやろうか。

そんなとき、天理教の信者の人が、たびたび熱心に勧めてくれて、まあ、本山に案内してくれると言うんで、連れていってもらったんや。

そこで見た光景にビックリしたんやな、わしは。みんなキビキビ動いている。礼儀も正しい、立派な建物もある、材木置き場で、たくさんの人が、材木をかついだいたり、製材所では、木を削ったりしとる。それがみんな寄進(社寺などに金銭・物品を寄付すること)なんやな。

そこで、なんでやろうかと考えたんや。なんで、イキイキと、やっておるんやろ、なんで、こういう姿なんやろ。人間には、心の教えが大切だから、それを大事にするというのはわかるけど、翻って、物も大事と言えるんやないやろうか。にもかかわらず、こっちのほうは、倒産したり、金儲けや、と言うて軽蔑されたりしている。それが、こういう姿ということは、いったい、どういうことやろうか。あっちは一つの教えに、ハッキリとした値段をつけてへん。自由に納めなさい、まあ、そういうことや。ところが、こっちはチャンと値段をつけている、こっちのほうが、もっと大きくなってええのに、そうではない。あっちの方が隆々としている。

なんでやろうか、帰りの電車の中で考え続けて、ハッと気がついたんや。それは、こっちに使命感がないからや。向こうは、人間を救うという大きなもんがある。こっちにはない。それでは、商売する者の使命はなにか。そや、貧をなくすことや。この世から貧をなくすことが、わしらの使命なんや。

そこで、悟ったんやな。それが、使命を知ったということで、昭和7年を命知元年ということにしたんや。5月5日というのは、端午の節句やろ。縁起もいいし、勇ましいということもあるわね。そういうことで、5月5日を創業記念日にした。その日、店の全員を(大阪の)中央電気倶楽部に集めて、みんなに所主告示ということで、発表したんや。

けど、商売だけではない。なにをするにしても使命感がないとあかんな

松下幸之助の成功は、その使命感を悟り、確立し、経営をしたことであるとも言えるであろう。

関連記事
トピックボードAD
人気連載
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • いいね!
トレンドウォッチAD
JR北海道<br>労使癒着の深い闇

赤字路線を多数抱え、自力再建が難しいJR北海道。来年にも経営支援のために公金が投入される。だが、革マル派と密接な労働組合と会社の労使協調路線を放置したままでよいのか?