チャスラフスカはなぜ日本を愛したのか 世界を魅了した体操選手の『桜色の魂』

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1968年、メキシコ・シティでのベラ・チャスラフスカ(右 写真:AP/アフロ)

東京オリンピックの喧騒と興奮を覚えている。まだ幼稚園児だった私でも、オりンピックというものが始まるのをわくわくするほど楽しみにしていたし、新しい物好きの父が月賦でカラーテレビを買ってきて家族中が仰天した記憶は鮮明だ。

開会式のブルーインパルスが作った飛行機雲での五輪。聖火台までトラックを走る最終走者の姿。女子バレーボールの東洋の魔女。へ―シングに負けた柔道。靴を履いて走った“裸足のマラソン選手”アベベ。その後、何度も再放送された金メダルを取った競技は、幼心に刻み付けられたものだ。

光の中のチャスラフスカ

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その中でひときわ鮮やかな記憶が、女子体操で金メダルを取ったベラ・チャフラフスカの艶やかな演技である。幼稚園児の女子が釘付けになるほど美しい容姿。グラマラスな肢体が躍動し、床で、平均台で、跳馬で光り輝いていた。比喩ではなく、本当に光の中にいたのだ。

1964年当時、戦後ではないとはいえ、まだ外国人は珍しく、子どもにとって金髪碧眼白い肌の人はみんなアメリカ人だった。

しかし、この金髪の美人はヨーロッパのチェコスロバキアという国のチャスラフスカという名前だという。

「3回言ってみな!」という早口言葉みたいな名前を繰り返し真似をしていた私に、大人は教える。「この国は、元はチェコという国とスロバキアという国だったんだよ」。彼らだって聞きかじった情報だろう。チンプンカンプンだったのに、なぜか脳に刻まれている。あの時代の日本人でチャスラフスカ選手を嫌いな人なんていなかったのではないだろうか。

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