6年間で5000個食べた男が語るシュウマイの魅力 老舗から冷凍食品まで実はこんなに多彩だった

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シュウマイの誕生はいつ、どこなのか。その歴史を紐解けば、中国の点心に端を発する。7世紀の隋の時代に生まれた点心は、やがて唐の時代に飲茶として楽しまれるようになり、のちにその1メニューとしてシュウマイが誕生。そこから日本に伝来してきたという説が濃厚だ。

「シュウマイを一般の日本人が初めて口にしたのは、おそらく明治に入ってから。その舞台は横浜や神戸、長崎に設けられた中華街であると推測できます」

各地の中華街でシュウマイが提供?

1884年(明治17年)に、現存する日本最古の中国料理店、聘珍楼が横浜中華街にオープン。本場直系の流れを汲むシュウマイがそこで提供されていた可能性は高い。

「残念ながら、創業当時のメニューは関東大震災(1923年)に紛失したため現存しておらず、お店の方ですらもわかりません。ただ、明治期の中華街にメニューのヒントを得たといわれる町中華のお店でもシュウマイが扱われていたことがわかっているし、昭和初期の段階でメニューにシウマイの文字が確認できます」

聘珍楼をはじめとした本場直系で日本のシュウマイの夜明けといえる第1世代。これに対し、より日本風にアレンジを施して大衆へアピールしたのが、1908年に横浜で創業された“あの企業”に代表される第2世代だ。

「日本のシュウマイを広めたのは、ほぼ崎陽軒の功績だと断言しても過言ではありません。戦後、まだまだマイナーな料理だったシュウマイを世に広げるため、横浜駅構内でシウマイ娘という売り子を採用し、1953年には映画『やっさもっさ』に登場し、全国にその名を知らしめました」

さらに、シウマイ弁当の販売開始により「冷めてもおいしい」というイメージが定着。鉄道網の拡大とともに一気に知名度を獲得していく。

横濱駅構内でシウマイを売るシウマイ娘。身長158cm以上という当時としてはかなり長身の女性を採用し話題に(資料提供:崎陽軒/©️河井寛)

やがてシュウマイは町中華でも人気を博し、庶民が気軽に食べられる存在となった。シュウマイ潤さんはこれらを第3世代とカテゴライズするが、語り口調がやや苦々しい。

「戦前の町中華ではシュウマイも人気を博していたそうなんですが、第2次大戦を境にその地位が餃子へと変化していくんです」

戦後の食糧不足の中で台頭した屋台では、何よりも水の確保が困難だった。そのため、蒸すシュウマイより鉄板と油さえあれば量産可能な餃子が人気を博し、のちの中華店でも定番化していったというのだ。実際、現在も「餃子はあるけどシュウマイはメニューにない」という町中華は少なくない。

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