もし消費税を10%に上げなかったら? 一見いいことづくめだが、本当にできるのか

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おまけに、安倍内閣肝煎りの法人実効税率引下げも、消費税率を予定通りに引き上げないと、2015年度の財政収支が悪化することによって、実現が厳しい状況に追い込まれる。

増税見送りなら法人税引き下げどころか、景気腰折れも

法人実効税率引下げは、消費税とは独立して企画されている。しかし、これまでに生じた法人税の自然増収を税率引下げの代替財源にカウントする、という経済界の要望は、消費税率を予定通りに引き上げないなら収支悪化によって、それをとてもカウントに入れられないほど予算繰りがタイトになると予想される。そうなると、法人実効税率引下げは、目玉にならないほど小幅なものになり下がる恐れがある。

前述の通り、予定通りに引き上げないという最終判断は早期にはできない。12月中旬以降になって予定通りに引き上げないと判断した場合、来年度政府予算案の越年編成はほぼ不可避で、来年の通常国会での予算審議は、消費税増税停止の法案審議とも相まって(衆参ねじれ状態でないにしても)多くの時間を費やさざるを得ず、場合によっては予算案の年度内成立が困難となり暫定予算を編成せざるを得なくなる。そうなれば、本予算案の成立と執行が遅れ、来年4~6月期に財政で景気を下支えすることができなくなる。

消費税率を予定通りに引き上げると、来年10~12月期の消費の反動減による景況への影響が心配されるものの、来年4~6月期や7~9月期は駆け込み需要で景気が押し上げられることが期待されるのに、消費税率を予定通り引き上げないならば、来年4~6月期の景況への悪影響が心配されるという皮肉な状況がありうる。

消費税率を予定通りに引き上げなかった場合、安倍首相も言及している、国の信認の維持、社会保障制度を次の世代に引き渡していくという責任、子育て支援という大事なことが全うできなくなる。その上、本稿では詳細には取り上げなかったが、巷間いわれているように、国債金利の予期せぬ急騰、金利上昇に伴う企業の資金繰り難、社会保障給付の抑制といった支障が国民生活に及ぶ可能性がある。

本連載の前々回コラム「アベノミクスで財政再建は進んでいるのか 国の試算から見える、2020年度財政目標の進捗状況」で触れた内閣府の中長期試算によれば、消費税率を予定通り引き上げても2015年度に実質成長率が1.4%であれば、社会保障給付の充実をしつつ財政健全化目標も達成できる。こうみれば、消費税率引上げの判断は、景況のことだけにこだわるなら、7~9月期の経済成長率もさることながら、2015年度に1.4%に近い実質成長率が実現できる見通しが立つなら、予定通り引き上げるという判断で問題ないだろう。

ちなみに、第2次安倍内閣発足直後の2013年度の実質成長率は2.3%だった。消費税率引上げによる影響も含めた物価変動要因を除いた実質成長率は、内閣府の中長期試算の「アベノミクス」実現を図ったシナリオでも、2014、2015年度は2013年度よりも下がることがすでに見込まれているのだから、消費税増税に伴うその程度の短期的な景気変動は「織り込み済み」と政府は見ているといってよい。

これまでは、後世に債務を付け回していた分だけ可処分所得が多かったことで消費が多かっただけで、増税により後世に債務を付け回さないようにした分だけ消費が減るのは、今を生きる世代が、世代間の責任を全うするコストともいえよう。

もちろん、消費税率引上げは、景況だけで判断すべきものではない。社会保障給付の財源を後世に付け回している事実を直視し、少子高齢化社会をどう構築して行くかもきちんと考えるべきである。
 

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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