その先輩の話をほぼそのまま周平さんに伝えて、早く結婚したいと迫った。しかし、フリーのアートディレクターとして仕事が安定していなかった周平さんは「今は無理」。取りつく島もなかった。
「私があまりにワーワー言うので、向こうが引いてしまって、また別れてしまいました。半年間ぐらいは会わなかったのですが、その頃に私が一人暮らしを始めて、酔っぱらった彼から久しぶりに電話が来たのです。そのまま部屋に遊びに来て、よりが戻りました」
ありがちな話ではあるけれど、一人暮らしの寂しさと開放感で「昔の恋人」と再会してしまう気持ちはわかる。しかし、人は根本的には変われない。周平さんも「今は結婚できない。収入が安定しないから」の一点張りだった。
赤の他人に諭されて結婚、というまさかの決断
2人が30代半ばになったとき、しびれを切らして動いたのは麻美さんの母親だった。新聞の折り込みチラシで、結婚式場の「創立25周年無料キャンペーン」を見つけ、麻美さんに応募するように勧めてきた。ハガキを送ったところ「おめでとうございます。1等賞です。今年中に式を挙げてください」との電話がかかってきた。
実際は「招待者20名分の食事が無料」といったディスカウントにすぎず、完全に無料なわけではない。これもありがちな話だが、おカネに困っているわけではない麻美さんは、周平さんを引っぱり出す口実をつかめればよかったのだ。
「彼は『今年中に結婚なんて無理だ』と渋っていましたが、式場のおじさんに『とりあえずお話に来てください』と言われて、2人で出掛けました。定年間近だというおじさんから『これも何かの縁ですから、ぜひ結婚式を挙げてください』と勧められ、彼の心が動いたようです」
彼女や親の言うことは聞かないのに、尊敬できそうな年上の同性からのアドバイスには素直に従う周平さん。確かに憎めない人柄である。
結婚式は盛り上がった。子どもの頃からダンスを習っている麻美さんは、余興で周平さんと一緒に踊ることにした。周平さんの下手で懸命でコミカルなダンスは、参列者の笑いを誘ったという。周平さん自身も大いに満足したようだ。35歳の冬だった。
結婚してからも周平さんの慎重さは変わらなかった。麻美さんはすぐにでも子作りをしたかったが、周平さんの答えは「まだ無理」。理由はいまだに仕事が安定していないことだ。
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