静岡リニア問題、「印象操作」だった県の反対理由 過去の資料を都合よく切り取って使っていた

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有識者会議の結論に対して、川勝知事は「トンネル湧水の全量戻しがJR東海との約束であり、全量戻しをできないのであれば、工事中止が約束」などと会議の議論そのものを否定した。

工事期間中でも水1滴の県外への流出は許可できない立場を崩さず、“命の水”を1滴でも戻すことができないのであれば、リニア工事は中止あるいはルート変更が必要と要求していた。

これに対して、有識者会議は、JR東海の対策による中下流域の表流水、地下水への影響があるのかどうかを議論の中心としてきた。中下流域の表流水への影響はないとして、工事中の山梨県側からの上向き工法は容認した一方、知事の求める「全量戻し」についてもJR東海に指示した。

この結果、工事完了後、山梨県内のトンネル湧水をポンプアップして、山梨県側へ流出した300万立方mから500万立方mを静岡県側へ戻す提案をJR東海は行った。時間はかかるが、これでも知事の求める「湧水の全量戻し」には違いない。

JR東海によれば、人命安全を確保するために機械による無人化工法の検討を行ったが、現在の技術レベルでは、作業員の立ち合いを避けることはできず、また、突発湧水の予見は非常に難しいという。

丹那トンネル工事の「真実」とは

10月29日、リニア工事で初めての死亡事故となった、岐阜県瀬戸トンネル事故でも、専門家は「作業員が現場にいる状況は避けられず、このような事故が発生するリスクは必ず存在する」と指摘した。

どう考えても、「人命の安全確保」が優先されるべきだが、静岡県は「失われた水は戻らない」として「工事中のトンネル湧水全量戻し」を強硬に主張、その論拠に「世紀の難工事」丹那トンネルの事例を挙げた。

丹那トンネル工事の湧水状況。『鉄道80年の歩み』(日本国有鉄道、1952年)から)

県担当者は、『丹那隧道工事誌渇水篇』(鉄道省熱海建設事務所編、1936年)を調べたところ、トンネル工事中に丹那盆地の湧水枯渇66カ所、地下水位がトンネル付近の130mまで低下、想定外の突発湧水があり、流出した水量は芦ノ湖3杯分の6億立方mに及ぶなどと説明した。

県担当者は、『丹那トンネル開通・函南駅開業50周年記念誌』(1984年)を引用、「多くの人は、水は再び復すると期待していた。失った水は戻らない。お金で解決せず、(トンネル)湧水をポンプアップして丹那に戻す方法を講ずべきだった」という当時の函南町長の言葉を紹介した。まるで、函南町長の言葉は、現在のリニア工事への懸念をそのまま表現したかのようだった。

ところが、同記念誌をあらためて確認すると、当時の函南町長が「丹那盆地」の永久に失った水と問題にしたのは、工事期間中に流出した芦ノ湖3杯分の6億立方mのことではなく、トンネル工事後、50年たっても依然としてトンネル内に流れ出ていた湧水10万トン(日量)のことだった。本来なら丹那盆地に湧き出る10万トンはトンネル内の湧水となり、熱海側に流れ出る4万トンは行政区域の違いで手の出しようがないが、函南町内の丹那トンネル「西口」の田方平野に流れ出ている6万トンをポンプアップして丹那盆地へ戻す方策もあった。

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