静岡リニア問題、「印象操作」だった県の反対理由 過去の資料を都合よく切り取って使っていた

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函南町長の「永久に失った水」が工事後の湧水であるならば、リニア南アルプストンネル工事の場合、トンネル内の湧水全量をポンプアップして導水路トンネルを使って、大井川に戻す方策をJR東海が示している。もし、現在ならば、函南町長が“後悔の念”を抱くことはなかっただろう。

それなのに、県担当者は「50年後の県民が後悔しないようJR東海と対話を尽くしたい」などと述べ、函南町長の言葉を、工事中の湧水流出に対応するような結論に使った。「失われた水は戻らない」として、県担当者は「『トンネル湧水の全量戻し』は当然」などと述べたが、工事中と工事後では意味合いが全く違う。これでは、故意に事実を歪めていることになる。

現在は水田が広がる丹那盆地(筆者撮影)

丹那トンネルの場合、掘削前に東京帝大地質学教授ら著名な専門家に地質調査を依頼したが、「盆地の下部は硬い岩で工事に気に掛けることはない」「地質構造上危険な恐れなし」と断定、当時は実際の活断層や温泉余土という特殊な地質を明らかにできなかった。そもそも工事は水を抜くことが目的であり、水抜きトンネルの総延長は丹那トンネルの約2倍にも達している。

丹那盆地の渇水の主な原因は、温泉と粘土の混じった温泉余土を取り除いてしまったことである。温泉余土は粘土の一種で水を通さない。盆地東側の滝知山(649m)周辺に温泉余土が広がり、西側の丹那盆地では豊富な湧水に恵まれていた。

温泉余土がその地下水を遮る役割をしていたのに、トンネルを掘り抜くことで、巨大な貯水池に横穴を開けてしまい、すべての湧水がトンネル内に流出してしまった。温泉余土という特殊な地質を解明できず、芦ノ湖3杯分の6億立方mもの湧水が流出したのである。

丹那トンネルの「教訓」とは?

県担当者は、16年の歳月を掛け、1934年に完成した「丹那トンネル」と並行する、東海道新幹線「新丹那トンネル」について全く言及しなかった。1964年の東京オリンピック開会に間に合わせるよう4年5カ月という短い工期で新丹那トンネルを完成させたのは、丹那トンネルの経験を生かし、また最新の地質調査、掘削技術によるものだった。

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何よりも、丹那トンネルの「悲劇」は、3度の大事故が起こり、67人の犠牲者(公式発表)、その後の調査で112人の犠牲者が判明していることだ。リニア南アルプス工事で、静岡県内の犠牲者を1人も出すべきではないことのほうが、「丹那トンネルの教訓」となるだろう。

静岡県は、丹那トンネル工事による渇水状況を題材に学校などを対象に出前講座などを開くとしている。「『トンネル湧水の全量戻し』は当然」などとする資料だけでは、「丹那トンネルの教訓」を伝えることにはならないだろう。

静岡県は10月18日、有識者会議の結論のとりまとめに疑念や懸念があるとする意見書を国交省に送った。この文書では「全量戻し」の認識が、「県民の理解を得られない」などと記している。

国、JR東海は、「県民の理解を得る」ためには正確な情報を伝えるべきだ。

小林 一哉 ジャーナリスト

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こばやし・かずや / Kazuya Kobayashi

1954年静岡県生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、静岡新聞社入社。2008年退社し独立。著書に『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)等。

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