「M-1で勝つことをやめた47歳芸人」その後の人生 ぴっかり高木といしいはなぜ解散を選んだのか

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「この『ふじまーる』を始められたのは、ひとえに、いしいのキャラクターによります。というのも、いしいが(甲府から)富士川町に引っ越した際、家を用意してくださった大家さんがたまたま“移動販売歴30年のプロ”だったんです。

それで、平日、使ってない軽トラがあるから貸してあげるよと言って下さって、あの幸運がなければ、実現はかなり難しかったと思います。

また、(ふじまーるが)2年半も続けられているのもやはり、いしいのキャラクターによるところが大きい。真面目で、人当たりが良く、お仕事をご一緒してくださる方は皆さん、いしいを信頼してくださっていますから。

野菜からパン、卵など商品の仕入れはすべて、いしい1人でやっていますし、そもそも農家さんや養鶏業者を地元の人に紹介してもらったのも、いしい。地元の人たちは皆、『いしいさんなら』ということで協力してくださっている。

そして、やはり、ふじまーるに、いまだにたくさんの町民の方が訪れてくださるのも、彼が『芸人』だからこそ、だと思います。皆さん、いしいと話をするのが楽しみで来てくださっていますので」

「ふじまーる」で富士川町の山間部を回るいしいそうたろう。右は社員の藤原邦洋(筆者撮影)

2019年12月、コンビ解散

こうして、「移動詰め放題屋 ふじまーる」は2019年5月に始まった。ところが、それから約半年後、さらには、「住みます芸人になって10年」という節目を目前に控えた12月、ぴっかりは東京で芸人として生きる道を選び、「ぴっかり高木といしいそうたろう」は解散した。

もっとも、喧嘩別れではなかった。コンビとしては最後となった2019年末のライブでも涙、ぴっかりが卒業する地元のレギュラー番組でも涙の別れ……だった。では、なぜ、ぴっかりは山梨を離れ、東京で生きる道を選んだのか。ぴっかりが再び語る。

「山梨は今でも大好きですし、友達もいっぱいできましたし、正直、この9年間は山梨の人たちに『芸人』としてだけじゃなく、『人間』として育ててもらったと思っています。

けど、何年か前から『ドラゴンボール芸人』で、ちょくちょく東京に呼んでもらうようになって、このままじゃ、山梨での(住みます芸人としての)仕事も、東京での仕事もどっちつかずの中途半端になっちゃうなと思って。思い切って東京に行くことにしました。

もちろん、山梨にいたほうが、仕事はあります。けど、“今の自分”には、東京での仕事のほうが合ってるんじゃないかと思い、もう一度、東京で頑張ってみたいなと思ったんです」

彼の言葉に嘘はないだろう。その一方で、ぴっかりも「山梨の人たちに愛されていた」(いしい)という。

その“愛されぶり”は、ぴっかりが「山梨住みます芸人」在任中の9年間、乗っていた計5台の車はすべて「地元の方からのいただきもの」(ぴっかり)、「ぴっかりの家の前には毎朝、野菜や桃とかが置いてある」(藤原)など、彼が残していった数々のエピソードからもうかがえる。

「芸人」の生き方も様々、ということなんだろう。現在、吉本興業には約6000人の芸人が所属しているというが、当然のことながらその生き方も6000通りあるはずだ。

ぴっかりが東京で生きる道を選んだ一方で、いしいは今日もキッチンカーを走らせている。そして、このコロナ禍が落ち着けば、山梨県内全27市町村を、「ふじまーる」で巡るつもりだという。

山梨の人たちに愛された2人(写真:吉本興業提供)

(文中敬称略)

西岡 研介 ノンフィクションライター

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にしおか けんすけ / Kensuke Nishioka

1967年、大阪市生まれ。1990年に同志社大学法学部を卒業。1991年に神戸新聞社へ入社。社会部記者として、阪神・淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。 1998年に『噂の眞相』編集部に移籍。則定衛東京高等検察庁検事長のスキャンダル、森喜朗内閣総理大臣(当時)の買春検挙歴報道などをスクープ。2年連続で編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞を受賞した。その後、『週刊文春』『週刊現代』記者を経て現在はフリーランスの取材記者。『週刊現代』時代の連載に加筆した著書『マングローブ――テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』(講談社)で、2008年、第30回講談社ノンフィクション賞を受賞。ほかの著書に『スキャンダルを追え!――「噂の眞相」トップ屋稼業』(講談社、2001年)、『襲撃――中田カウスの1000日戦争』(朝日新聞出版、2009年)、『ふたつの震災――[1・17]の神戸から[3・11]の東北へ』(松本創との共著、講談社、2012年)、『百田尚樹「殉愛」の真実』(共著、宝島社、2015年)などがある。

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