「サイボーグになって幸せです」61歳科学者の肉声 「ネオ・ヒューマン」著者独占インタビュー:前編

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なぜそんなふうに思えるのでしょう? フランシスや家族、介護チームがそばにいてくれること、テクノロジーの力を借りられること、たいした根拠がなくても自分は幸運だと信じられること……このあたりに大方の理由があるのは明らかです。しかし、実は他にも理由があって、その気づきこそが実は肝心なのです。

自分自身の「生ける屍」の中に閉じ込められたまま生きるのは、拷問のような毎日だという恐怖のストーリーが、まことしやかにささやかれています。しかし実際には、ヒトの脳というものはもっと前向きです。状況を少しばかり悲しんだあと、あまり深刻に考えないようにすれば、大抵のことは忘れてしまうのです。

いずれ私は、かつては自由に歩き回り、ひっきりなしにお喋りしていたことなど一度も思い出さないまま、年を重ねていくことになるでしょう。私の脳は、すでに独自の「ニューノーマル」に適応しています。脳の可塑性というものには驚かされるばかりです。

この発見は、ALS患者に限らず、重度の障害を抱えたすべての人々に、とてつもない希望をもたらすでしょう。私にとっては間違いなくそうでした。

もちろん、このパンデミックの間、プロジェクトの関係者が、私(と私が使っている機材)に直接アクセスできなくなったせいで、滞ってしまった案件もあるにはあります。しかし、そんなものはごく一部です。私の研究に携わっている人々は皆、普段からパソコンのモニターの前で仕事をしているので、どのみち状況はほとんど変わりません。

ここ最近の大きな進展は、「ホロレンズ2」という、最新型のAR(拡張現実)ゴーグルを手に入れたことです。これを着けると、ハリウッド映画に出てくるサイボーグそっくりになります。このゴーグルは一般では手に入らず、システム開発者のみが利用できるものですが、幸い私たちは研究用に何個か入手することができました。

このゴーグルを使えば、重度の障害がある人々が周囲と関わり合う方法を劇的に変えるためのツールが開発できると確信しています。

『NEO HUMAN』の未来図が現実に

最後に、とてつもなくエキサイティングなことが、ここイギリスのトーキーで始まりました。私が『NEO HUMAN』の終章で描いた未来図のことを覚えていますか? 当時はまったく非現実的に思えたかもしれませんが、いまやそれが現実のものになろうとしているのです。

フランシスと私は、崖(クリフ)の上の土地を手に入れ、もともとあった建物を壊して、ある施設を建てることにしました。名付けて「ハイクリフ(ハイテク・クリフハウス)」です。ハイクリフは、未来の住まいのひとつの形であると同時に、画期的な応用AIの研究所でもあります。

この実験的な「拡張住居」では、建物と敷地内のあちこちに高度なセンサーや装置が配備されていて、これらがAIの目や耳や手足になります。このうえなく機転のきくサイボーグの執事のように、ハイクリフは孫の代まで私たち家族の面倒を見てくれるでしょう。

私たちはあらゆる人々(健常者も障害者も、認知症の人も含めて)のために、ヒューマンセントリック(人間中心)なAIと連携した、まったく新しいライフスタイルを開拓しようとしています。

急速に変わりゆく未来の中で万人が繁栄するために、デジタルイノベーションの力を借りて、人間の生き方を再構築し、強化しようとしているのです。

(中編に続く、翻訳:藤田美菜子)

ピーター・スコット-モーガン 人類初「AIと融合」し「サイボーグ」として生きる英国人科学者

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Peter Scott-Morgan

インペリアル・カレッジ・ロンドンにて博士号取得(ロボット工学)。世界的コンサルティングファームであるアーサー・D・リトルにて企業変革マネジメントに従事。独立後も含め、25年以上にわたって世界中の数多くの企業や政府機関のシステム上の脅威を分析し、その対応策をリーダーに助言してきた。

2017年、運動ニューロン疾患(ALS)と診断される。余命2年の宣告を受けるも、病を「画期的な研究を進めるための機会」とみなし、自らを実験台として「肉体のサイボーグ化」「AIとの融合」をスタート。自らが生き残ることにとどまらず、「人間である」ことの定義を書き換え、あらゆる人がもっと自由に生きられる可能性を追求している。

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