大学中退し「食用バラ」で起業した女性の波乱万丈 新商品でピンチを乗り切り、年商1億円を超えた
オフィスに戻った田中はメンバーに声をかけ、すぐに新商品の開発に動き出した。そうしてわずか2カ月で完成したのが、廃棄処分になるはずだったバラを加工したローズウォーターに、サトウキビ由来のエタノールを加えたローズバリアスプレー。医薬品や医薬部外品ではないものの、消毒用エタノールの代替品として敏感肌でも安心して使えるように配慮した。食用バラとオーガニック油などで香り付けした天然由来成分100パーセントで、マスクにスプレーすればバラの香りが広がって、リラックス効果も期待できる。
7月、1本1500円で発売を開始すると、田中は翌月にこのスプレーを1000本、深谷市役所に寄贈した。これは、全職員分にあたる数だ。この頃から口コミが拡がり始め、やがて爆発的に売れ始めた。今年5月末、発売からおよそ10カ月で販売個数は約2万5000本に達した。年商1億円のローズラボにとって、食用バラの損失をカバーするのに十分な売り上げになった。
田中に「コロナがもたらした未知の混乱のなかで、どうしてスピーディーに動くことができたのですか?」と尋ねると、田中はフッとほほ笑んだ。
「ヤバいことをたくさん経験してきたから。つらかった分、タフになったんだと思います」
「私、こんなにイキイキと目を輝かせることあったっけ?」
1993年、田中は東京の中野区で生まれ、練馬区で育った。子どもの頃から「特技も趣味もやりたいこともなくて、毎日友達と楽しく過ごせばいいじゃんっていう感じ」で、なにかに熱くなることもなく、ひょうひょうと過ごしてきた。
しかし、大学でその「自分らしさ」にヒビが入る。入ったばかりのゼミで、自己紹介の時間があった。地方から来た同級生たちは明るく前向きに目標や夢を語っていた。田中は自分とのあまりの違いに、打ちのめされた。高校時代、少しでも将来の夢を口にしようものなら「意識高い!」とネタにされてしまうから、絶対に口にしなかった。仲間内で浮くのが怖かったから、みんなと同じような服装をして、同じように行動をしてきた。それが当たり前で、なんの違和感も抱いていなかったはずなのに、目の前で胸を張って堂々と夢を口にする同級生を見て自分に疑問を抱いた。
「私、こんなにイキイキと目を輝かせることあったっけ? これまでなにやってたんだろう……」
初めて明確に抱いた劣等感は墨汁の染みのように胸の内に広がっていき、そのうちに「自分はなにもできない人間だ」と落ち込むようになった。いっこうに晴れ間が見えない梅雨空のような暗い気分からなんとか抜け出したくて、田中は「自分はどうなりたいのか」を考え始めた。浮かんできたのは「幸せになりたい」。同級生たちとは比べものにならないほど漠然としていたが、「みんな」に流されず、自分と向き合って生まれた言葉は「どうでもいい」ものではなかった。だから、どうやったら幸せになれるのかを逆算した。
田中にとって幸せとは「健康寿命を楽しく生きること」だった。今度は健康寿命を分解すると、社会人は人生の大半を仕事に費やしていることに気づいた。ということは「仕事が楽しくなかったら、健康寿命を楽しく過ごせない」。それなら、好きなことを仕事にするしかない。
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