米中対立を「中立的サプライチェーン」で生き残る 「生産分散」「技術的中立性」「地産地消」の3条件

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先だって出版された『西太平洋連合のすすめ』で筆者が担当したベトナムの章でも述べたとおり、こうしたサプライチェーンの中立性を認証する機関を何らかの地域機構に付置してはどうであろう。どのような地域機構が望ましいかを考えると、国家間の同盟関係や伝統的な安全保障が全面に出てくる枠組みでは、参加を躊躇する国が多く出てくるので上手くいかない可能性が高い。そこで、同書では非公式な経済協議体であるアジア太平洋経済協力会議(APEC)のような地域機構としての西太平洋連合のあり方を提起した。

しかし、新しい地域機構を作り上げるための労力と時間を考えると、このサプライチェーンの保護と育成は待ったなしの課題であるため、何らかの既存の枠組みを活用することが現実的であろう。

筆者の問題提起とアイデア

そこで、筆者は自由貿易協定(FTA)のフレームワークを使って経済界主導の中立性を認証する機関(中立化委員会)を設置するのが最適だと考えており、現在の11カ国で運用中の環太平洋パートナーシップ(TPP)に中立化委員会を設置するのはどうであろう。TPP原加盟国が同意して民間主導の中立化委員会を設置し、アメリカのTPP復帰も中国の加盟もこの中立化委員会の存在と役割に同意することを加盟の前提とするのである。

さらに、TPPに加盟なり復帰するのであれば中立化認証の枠組みに当事国が入ることは望ましくないので、恣意的な認証を回避するためにもアメリカも中国も委員会には入れないほうがいいであろう。いずれにしても、初期段階はTPPの枠組みでスタートし、いずれTPPに加盟していない国、例えば韓国や台湾(関税地域として)、タイなども加えた認証団体に育てていくのである。

かつてTPPの機長席にいたアメリカは離陸直前に降りてしまい、離陸後のTPPの操縦席に座っているのは日本である。米中デカップリングの危機に際して、日本ができることはサプライチェーンを守り、育てることであり、そのためには制約の少ない高次元の自由貿易の土台が必要である。

さて、中立的なサプライチェーンについて荒唐無稽なアイデアを述べたが、筆者は案外本気である。日本企業は東西冷戦後の自由貿易の中でアジアを舞台に多国籍化を急速に成し遂げた。冷戦終結後30年の間に謳歌した大きな世界市場と自由貿易は米中対立によって再び分断される可能性がある。中立であることは平時でも有事でも意味を持つ企業戦略であり、中立化が進展すればするほど、対立の当事国はデカップリングがいかに不毛であるかに改めて気づくはずである。いや、気づいてほしいのである。

池部 亮 専修大学商学部教授

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いけべ りょう / Ryo Ikebe

日本貿易振興機構(ジェトロ)に25年在籍し、ベトナム語研修生、ハノイ事務所駐在、広州事務所駐在などを経て現職。ベトナムと中国の産業発展史、日本企業の進出動向、東アジアの国際分業などを研究。著書に『東アジアの国際分業と「華越経済圏」』(新評論)などがある。博士(経済学)。

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