スポーツ「勝利至上」の人に伝えたい不都合な真実 「勝ちたい気持ち」が強いと成績の妨げになる
人生は、スポーツと同様に失望の繰り返しである。ビジネスや私生活の諸方面で成功している人たちも、最初から成功していたわけではない。
私がスタンフォード大学MBAの生徒として投資家のパネルディスカッションに出席したときのこと。パネリストの1人が「失敗を経験していない人が起こした会社に投資したいとは思わない」と発言し、驚いた覚えがある。
理想の起業家とは、過去に起業し、失敗し、その失敗から学び、再度挑戦する強靭さがある人物だそうだ。スポーツを通じて、人生の成功につながる多くの教訓を学ぶことができるが、失敗や敗北を踏み台にして再挑戦することは、その大事な教訓のうちの1つである。
倫理的思考のレベルが低下しても不思議ではない
勝利をどのように捉えるかは、その人の倫理行動に影響を及ぼす。
M・カヴサヌとG・C・ロバーツによる最近の研究によると、アスリートの「自我(エゴ)志向性」には、①倫理的機能の低下、②スポーツマン的態度の悪化、そして③相手を負傷させる危険性のある行動でも正当だと感じてしまう度合いの増加との関連性が認められるという。
これは、とても単純なことだ。アスリートたちが、「スコアボードのことだけ考えろ」と指導されている場合、倫理的思考のレベルが低下してしまっても不思議ではない。
スコアボードの数値が唯一の基準である場合、スコアボードを自分のイメージ通りのものにするためには手段を選ばないという誘惑は大きくなる。
私たちは、ユーススポーツの経験を通じて、子どもたちの倫理的思考のレベルが低下するのではなく、向上することを望んでいる。熟達することを重視するコーチングのいいところは、倫理目標も叶えることができるということだ。選手の目標をスコアボード上で勝つことではなく、自分のベストを尽くすこととした場合、勝つために大事な原則を曲げる可能性は、比較的低くなるのだ。
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