スポーツ「勝利至上」の人に伝えたい不都合な真実

「勝ちたい気持ち」が強いと成績の妨げになる

今まで私(ビル・バワーマン)は、つまり、少年だったころも大人になってからも、走ることの目的は、そのレースに勝つことだと信じてやってきました。そして、私が監督に就任しやろうとしたのは、その勝負ってやつにどうすれば勝てるかを教えることでした。私はプリにもそれを教えようとしました。必死になって教えました。しかし、逆に私は彼から教わったのです。私が間違っているということを。
彼は、「そこそこの努力で勝てることもあるし、しゃかりきに努力をしても負けることがある」ということを知っていて、苦しんでいたのです。レースに勝つために、スタートからゴールまでありったけの力を振りしぼり続ける必要は必ずしもない。しかし、彼はそれ以外の走り方をしなかった。私は彼の走り方を変えようとしました。ありとあらゆる方法で、何度となく。
しかし、プリは頑なでした。彼は自分に厳しく、勝つだけでは満足せず、成果として勝利を超えるものをつねに求めていました。レースは芸術だ、と彼は私に言いました。心からそう信じていたのです。彼はスタートラインを踏み出してからゴールするまでのすべてのステップを芸術の域にまで押し上げることに全力を注いでいました。
もちろん、彼の勝利への欲求は強いものでした。彼が走るのを見た観客の目にも、彼と競争したライバルの目にも、彼の中に勝ちたいという強い気持ちがあることは明らかでした。しかし、勝利以上に彼が大切にしていたのは、「どのように勝つか」ということでした。
プリは私のことを堅物だと思っていました。しかし、彼はついに私の考えを変え、私は走る真の目的が、レースで勝つことではなく、「人間の心臓の限界を試すこと」であるということを理解したのです。彼がしてきたことは、まさにそれだったのです。ほかの誰にも勝る頻度と質で、彼はそれをやり続けてきたのです。

スコアボード上で勝敗を決定するとやる気を阻害する

スティーブ・プリフォンテインは、勝利の狭義の定義、すなわちスコアボード上の数字で勝敗を決定することは、パフォーマンスを測る方法として不完全であるとして認めていなかった。しかし、その狭義の定義は、不完全なだけでなく有害な考え方だ。それは、若いアスリートたちのやる気を阻害する大きな要因となるからだ。

もう少し詳しく説明しよう。「勝者はスコアボードで決まる」と定義する場合、次の3つの要素が関わってくる。「①結果」「②他者との比較」「③失敗の回避」である。

①結果

調子がよかったか悪かったかに関係なく、より多くの得点を獲得することが重要。この考え方だと、調子が悪くても、より多くの得点を獲得することさえできれば、それだけで勝者になれるということだ。人生最高とも言えるような絶好調でも、不運なことにボールがある方向に跳ねたり、疑義のある判定が下されたりしたとしても、スコア以外のことは関係ない。敗北者なのだ。

②他者との比較

他者との比較は、個人的な優劣につながりやすい。私は彼女よりも優れているか? 彼らは私たちよりも優れているか? その判定を下すのは、やはりスコアボードとなる。もし、私のほうがより多く得点を獲得していれば、私のほうが優れている。自分の力が思うように発揮できたことや、自己ベストを出せたということだけでは不十分になってしまう。相手よりもよいスコアを獲得できていなければ、すべて意味がないのである。

③失敗の回避

スコアボードにしか興味がない監督は、失敗を嫌う。スコアボードの数値に悪影響を与えるからだ。相手よりもミスが少なければ、スコアボードを制することができる、と信じている。

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