ジンズCEOがメガネ並みに「前橋」に入れ込む事情 「衰退した街」の再生にアーティストが次々参画

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だが、白井屋ホテルは目立つ存在だが、それ以上に前橋の変化、これからにとって意味があるのはこの間に官民が連携して作られた前橋市のビジョンだと橋本氏は語る。

宿泊者が使える個室サウナもある(撮影:今 祥雄)

「ホテル経営を委託しようとした時、田中さんは、前橋市はどんな街?と聞かれて答えられなかった。その2カ月後、前橋市長が来訪し、田中さんが同じことを市長に聞くと『ビジョンをひとことで表す言葉はないよ』という答えだった。なんと乱暴な答えと思うかもしれませんが、それには深い意味がある。それを理解したところからビジョン作りが始まっています」

その意味とは市長個人にビジョンがあっても、それは市のビジョンではないということである。市長のビジョンを市のビジョンとしてしまうと、市長が変わるたびに市のビジョンも変わることになり、行政に一貫性がなくなる。だから「ひとことで言えるビジョンはないよ」という答えなのである。

地方衰退の原因となっていたもの

実際のところでいえば多くの自治体では「市長のビジョン=市のビジョン」と考え、市長交代の度に市政が右往左往する。よく聞くのは中心市街地の再開発を決めた後に反対派の市長が当選して計画が一度ストップ、次の市長選でまた争点になり……という無限ループのような事態だ。

建築家だった橋本氏は東日本大震災を機に群馬県内のコミュニティデザインに関わるようになり、現在では地域の様々な活動の委員、理事などを務めている(写真:筆者撮影)

職員も同じだ。今日イエスと答えた同じ相手に翌日ノーと答えなければいけないことが続くとしたら、やる気など出しようがない。何も考えずに言われた通りにすればよいと考える行政職員を生み出しているのは政治の一貫性のなさなのかもしれない。もっと言えば、地方の衰退の大きな要因の1つと言ってもいいかもしれない。

ただ、だとしても政治の仕組みを変えるのは難しい。官だけで作ったものが市長交代とともに霧散するかもしれないとしたら、官民で連携して長く生きるものを作ればいい、それが田中氏の考えたことである。

そこで費用は2014年に作られた田中仁財団が負担して、前橋について予備知識のないドイツのコンサルティング会社「KMSTEAM」に分析を依頼。地元の重鎮からスケボー少年に至るまでの幅広い住民にインタビューし、3000人の市民アンケートを経て出てきた言葉が「Where good things grow(いいものが育つまち)」である。これを前橋市出身の糸井重里氏が日本語にしたのが「めぶく。」。2016年には前橋ビジョンとして位置づけられている。

このビジョンの意味するところは、前橋はまだ、芽は出てはいないが、いいものが育ちそうな大地であり、そこでやるべきことは大樹をヨソから持ってくることではなく、大樹となりそうな芽吹きを応援し、自分も芽吹きましょうということだと橋本氏。このビジョンを共有したことで街中にはさまざまな芽吹きが始まっている。

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