ジンズCEOがメガネ並みに「前橋」に入れ込む事情 「衰退した街」の再生にアーティストが次々参画
そのタイミングで出会ったのがそれ以前から地元で活動していた若い人たちだ。2011年の東日本大震災は多くの人がそれまでの働き方や生き方を考え直す契機になったが、彼らにとっても同様。自分たちの生まれ育った土地を改めて見渡し、特に中心市街地の衰退ぶりに唖然としたのである。
高崎市、富岡市で活動した後、外からモノを言うより中心市街地に入り、拠点を持とうと友人8人に声をかけ、前橋市中心部にフラスコというシェアスペースを作った橋本薫氏はそんな1人。田中氏、橋本氏は2013年に前橋市の美術館「アーツ前橋」の開館記念イベントに共に登壇し、2014年以降は一緒に前橋市の街づくりに取り組むことになる。
田中氏が個人で白井屋ホテルを買い取ったのも彼らの「白井屋をなんとかして欲しい」という懇願に応えたもの。当初はホテル運営会社に委託するつもりだったが、その当時の前橋ではビジネスホテル以外は成り立たないと断られたため、自ら乗り出すことにした。アートホテルになったのは計画してではなく、プロジェクトを聞いたアーティストたちが面白がって参加してくれた結果だという。
「縁あって以前から知っていた藤本氏に建物を見てもらったところ、面白いと参画することになり、藤本氏がやるならと前橋を訪れたアーティスト、エルリッヒ氏も何もない街だから面白いと、さらにプロダクトデザイナーのジャスパー・モリソン氏は仕事としては受けないがボランティアで参加すると言ってくれた。価値がないものを価値あるものにする、それがアーティストにとっては醍醐味。その意味で白井屋ホテル、前橋は彼らにとって魅力的な素材だったのです」
採算度外視でもいいものを
次から次に大物が面白がって参加してくれるうちに田中氏のリミッターが外れる。本物のアートがしつらえられた空間をいい加減に作るわけにはいかないと、採算度外視でいいものを作ろうと考えるようになったのだ。
また、時間がかかっている間に隣接地が手に入ることになり、そこに新棟を建設することにもなった。出来上がった白井屋ホテルは大胆な吹き抜けのある既存建物・ヘリテージ棟と新設された緑の小山・グリーンタワーからなる2棟構成。収益よりも空間の面白さを優先して既存建築を減床、わずか25室の客室はそれぞれに間取り、デザイン、設えが異なるというこだわりぶりで、アーティストたちが楽しんで作った空間が強い印象を与える。
開業からわずか1年に満たない時点でアメリカのインテリア雑誌 『Architectural Digest』の「2021 AD Great Design Hotel Award」、ナショナル・ジオグラフィック・トラベラーによる「NationalGeographic Traveler Hotel Awards 2021」を受賞しているといえば、そのレベルがおわかりいただけるだろう。青山のミシュラン2つ星のレストラン「フロリレージュ」の川手寛康氏が監修し、国内外の名店で2年間にも及ぶ研修を経た群馬出身の片山シェフによる上州キュイジーヌも話題である。
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