ここで、紙の検査について。品質は製造過程でもチェックは行われているが、最後には人の目で検査が行われる。
検査場には、カットされた紙が積み上がっている。お邪魔した場所では、色のむらと切り口の精度を確認していた。
その速度がすごいのだ。本当に見えているのだろうかと疑ってしまうような速さで紙を繰り、合格ラインに達していないものを取り除いていく。
せっかくなので、やらせてもらうことにした。扇状検査という、積まれた紙を扇状に広げて検査する工程だ。
ところが、最初に紙を扇状に広げるところからうまくいかない。見た目よりも重いし柔らかいしで、思うように扱えないのだ。
その点、“仕分女子”(と、ご自身で手記に書かれていた)本木千恵子さんの手際はお見事だ。軽やかにハープを奏でるかの如き手さばきで、見る者は圧倒されるばかりだ。
仕分女子や仕分男子によってチェックの済んだ紙は梱包され、およそ4割が鉄道で、4割がトラックで、それ以外がフェリーや海上コンテナで旅立っていく。敷地内にはJR貨物の引き込み線があり、貨物駅・石巻港駅がある。
さて、今回は、もうひとつ抄紙機の見せてもらうことになっている。冒頭で触れた8号だ。1970年に稼働した40年選手なので、N6に比べるとかなり古いことは頭では分かっていたが、目で見るとその差は想像以上だった。
N6が平成なら8号は昭和、N6がデジタルなら8号はアナログといった感じなのだ。エコカーに混じってゴトゴトと高速道路を駆け抜ける馬車のようだといったら大げさだろうか。
熱も音もダイレクトに迫ってくる。建屋では温度は40度を、湿度は80%を超えることもあるという。サッカーW杯が開催されていたブラジルのマナウスのスタジアムより厳しい環境だ。オペレーターのみなさんには熱中症に十分気をつけていただきたい。
出版社によって紙の色は違う
この8号では書籍の紙がつくられている。8号の月産能力は1万2000トン。8号でつくられた紙でつくられた本を手にしたことのない人はいないのではないか。新潮文庫、角川文庫、講談社文庫、光文社文庫、文春文庫などの紙がつくられている。よく見るとどれも色が違う。ご確認いただければハッとするに違いない。それぞれ、専用の紙なのだ。新潮と角川は赤っぽく、講談社や光文社は黄色っぽい。
書籍なら『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)、コミックスなら『ONE PIECE』にも『NARUTO―ナルト―』(いずれも集英社)にも、8号の紙が使われている。
この8号の“親分”である佐藤憲昭さんに話を伺うと、8号という抄紙機は、5社のメーカーの装置を組み合わせてつくられているという。
三菱重工、IHI、富岡製作所、物置でおなじみのヨドコウこと淀川製鋼、日立製作所。違うメーカーのものを組み合わせて抄紙のシステムを組み上げるのは日本製紙の文化だそうなのだが、その分、調整も大変だろう。
大変といえばこの8号では、月に20種類近くの紙をつくっている。
「坪量まで考えると、100近くあります」
坪量、とは1平方メートルの紙の重さを指すという。同じ材料でつくった紙でも、坪量が違えば厚みが違うということになる。同じ素材の紙でも厚さが変われば重さが変わるので、その違いも含めれば種類はそれだけに膨らむ。その分切り替えも多いし、一度スケジュールが狂うと後に与える影響も大きい。
紙が供給されなければ、出版社は売り物を作れない。佐藤さん始め担当者にはみな大きな責任を背負っているという自負が感じられた。
ところで、8号の紙を使った『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は発売から1週間で100万部に達した。2013年の出版界を席捲した異例のベストセラーは驚異的なスピードで売れたのだ。その異例の事態に応えるため、8号ではスケジュールを組み直して必死に需要に答えたという。大変だっただろうが、その仕事は楽しくもあったに違いない。ボクも本を書いている者として、いつか日本製紙石巻工場を慌てさせてみたいものだ。そのときには、紙の検査を手伝いたい。
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