ジョブズ「神のように世界を変えた男」のこだわり 1人1台の芸術的なコンピュータを作り上げた

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にもかかわらず、彼は頑ななまでに製品の細かなデザインや機能や仕様にこだわった。ジョブズにとって、自分たちが作る製品は「友だち」とつながるための大切なツールである。けっしてコモディティ化していくようなものであってはならない。

その結果、ジョブズが世に問うた製品は、どれも彼の「作品」といった性格を備えることになった。言うまでもなく作品と製品は違う。作品とは独特の精神的な内部をもち、そこに作者との緊密なつながりを感じさせ、ある程度まで作者の人格と似たようなあり方をしている個性的な作物のことだ。

アップルの製品は、現にそのようなものでありつづけたのではないだろうか。隅々にまでジョブズの神経が行き届いており、製品は「作品」として彼の内面や人格を映し出すようなものになっている。それをジョブズの作家性と言ってもいいだろう。

不思議なのは、こうした特性を彼が大量生産される工業製品のなかに持ち込んだことだ。きわめてまれなことと言っていいだろう。奇跡的と言ってもいいかもしれない。大量生産可能な工業製品について知るためにティファニーのグラスなどを研究したというが、そういう問題ではないだろう。

デルやHP、MSの製品に作家性を感じるか?

考えてみよう。デル・コンピュータにマイケル・デルの作家性を感じるだろうか? HPのコンピュータに表現者としてのデイブ・パッカードやビル・ヒューレットの存在を感じるだろうか? Windowsをはじめとするマイクロソフトの製品に、ビル・ゲイツの個性を感じることはないし、アマゾンにジェフ・ベゾスの思想性は感じない。アマゾンに感じるのは徹底した無思想性だ。それはそれで個性的だが。

たしかにテスラという高級車には、イーロン・マスクの作家性が感じられないことはない。しかし1台が1000万円以上もする電気自動車は、一部の人たちのぜいたく品、高価な家具やオーディオに近いものだろう。一方、PCやスマートフォンやタブレットは何十億もの人たちが使っているコモディティである。そのなかにあってジョブズのかかわった製品は、どれも彼の際立った作家性を感じさせる。

大量生産される工業製品のなかに、いかにしてアーティスティックなものを持ち込んだのか。誰もが手にするガジェットに感じられる統一感のあるトーン、「文体」はどこからやって来るのか。そう、ジョブズが世に送り出した製品には明白な文体がある。

とくにiPodやiPhoneやiPadなどは、数行を読んだだけですぐにわかるような強い文体をもっている。青白い炎を想わせる文体は美しく、美しさのなかに陰影がある。明るさのなかに漂う悲しみがある。はしゃぎまわっていた子どもがふと塞ぎ込むような、デリケートで繊細な感じがある。

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