ジョブズ「神のように世界を変えた男」のこだわり 1人1台の芸術的なコンピュータを作り上げた

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誰も必要とは思わなかったのに、気がついたときには、これなしでは生きていけないとみんなが思ってしまう。そういう製品を作り上げることにかけて、ジョブズは並外れた才能をもっていた。この希有の才能を生かして、彼はスマートフォンというそれまで存在しなかったものを形にしてしまった。

しかしジョブズがいなくなって10年、この画期的な発明も庶民化した。それは日用品として使えるものになり、現に人種、民族、宗派、貧富を問わず誰もが使っている。これほど人類が平等に使える機器は、歴史がはじまってこのかた存在しなかったかもしれない。

スマホが人類規模で普及したのは、それが「人間に最適化したコンピュータ」だったからだろう。言葉をかえれば、「人間の欲望に最適化した」ということでもある。スマホは人々の欲望をきわめて効率的に解放する。そう考えると、「アップル」という会社名はいかにも象徴的である。ジョブズと彼の会社は、エデンの園でアダムとイブが蛇にそそのかされて食べたりんごみたいなものを、オシャレなガジェットとしてぼくたちに提供したのかもしれない。

世界は激しく極端に変わった

惑星規模でのスマホのコモディティ化、そして今回のウイルス・パンデミック。2つは1つの直線でつながっている気がする。スマートフォンという名の万能機械を、小遣いから捻出できる程度の値段で購入し、常時ポケットに入れて使っていることの負債を、ぼくたちはいまコロナ禍というかたちで支払わされているのではないだろうか。そしてコロナ禍の先には、どうやらワクチン・パンデミックが待ち受けているようだ。

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ジョブズが望んだように、たしかに世界は変わった。いいほうへも悪いほうへも激しく、極端に変わった。その象徴がスマホとワクチンかもしれない。どちらかが天使で、どちらかが悪魔なのか。それともどちらも悪魔なのか。2つながらに天使ということはないだろう。

21世紀の最初の10年間に、ジョブズと彼の会社が生み出した製品は、そのたびに「夢」の実現として熱狂的に迎え入れられた。ジョブズもアップルも多くの人にとって夢をかなえてくれる存在だった。何度も夢はかなえられた。そして瞬く間に失われた。いまいちばん難しいのは夢を語ることかもしれない。

人間の存在自体が地球に寄生したウイルスみたいなものだから、早急に駆除されたほうがいい。現在、ネット上を覆う言説には、そんなニヒリズムの影が差しはじめている。こうしたうらなりめいたニヒリズムこそ、ジョブズには生涯にわたって無縁だったものだ。「何を言っているんだ、人間はまだはじまってさえいないじゃないか」。そんな彼の声が聞こえてくるような気がする。

片山 恭一 作家

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かたやま きょういち / Kyoichi Katayama

1959年愛媛県生まれ。九州大学卒。同大学院博士課程中退。『世界の中心で、愛をさけぶ』など著書多数。公式HP「セカチュー・ヴォイス」(http://katayamakyoichi.com)

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小平 尚典 報道写真家

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こひら なおのり / Naonori Kohira

1954年北九州市小倉北区生まれ。 日本大学芸術学部写真学科卒業後渡英し社会派写真家としてデビュー。新潮社『FOCUS』創刊メンバー、御巣鷹山JAL墜落事故写真集「4/524」を新潮社から出版。1987年から米国西海岸に移住。ロングインパクトのIT革命の時代を担うPCビジョナリーを取材。ビル・ゲイツやジョブスらを中心に新しく生まれたイノベーションを多目的に検証し、「Silicon Road」「e-face」を制作。2021年スタンフォード大学ライブラリーに全写真作品がセレクトされた。現在は東京在住。公益社団法人日本写真家協会会員、早稲田大学理工学部非常勤講師。(http://nkohira.shopdb.jp/profile.html

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