凡人経営者と「名経営者」とのあまりに決定的な差 日立を救った「川村隆」は何がすごかったのか

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「沈む巨艦 日立」の社長就任を打診されたとき、受諾の結論に至る伏線として、全日空機ハイジャック事件とザ・ラストマンの精神があったと本書で記す。517人の命を背負い、コックピットに飛び込んだパイロットと同じように、川村さんもラストマンとして国内外のグループ全社員約32万人の命運を握る責任を感じ取ったのだろう。

「心の経営」を支える豊かな教養

経営には「頭の経営」と「心の経営」があるように思う。頭の経営では、再建に向け、論理的にも明快な戦略を打ち立て、株主と社会に向けて発信する。と同時に、心の経営で社員たちと向き合い、共感し合う。冒頭に紹介した古森さんも稲盛さんも、頭と心の経営で再建を成し遂げた。

「古武士」の迫力がある古森重隆氏(左)と、さながら禅僧のような稲盛和夫氏(撮影:今井康一)

古森さんは、新事業開拓と構造改革に着手するとともに、不安を抱く社員たちに向け、「富士フイルムを21世紀を通してリーディングカンパニーとして存続させる」と「第2の創業」を宣言。「現状をトヨタに例えれば、自動車がなくなるようなものだ。しかし、この事態に真正面から対処しなければならない」と檄を飛ばして奮起を促した。

稲盛さんも、JALに小集団部門別採算制度の「アメーバ経営」を導入すると同時に、社員たちの働き方や考え方のベクトルをそろえるため、「JALフィロソフィー」を策定した。

川村さんの場合、心の経営を下支えしたものの1つに、豊かな教養による深い洞察があるのだろう。

本書でも、愛読書である3大幸福論、すなわち、ラッセル、ヒルティ、アランの『幸福論』をはじめ、ドストエフスキー文学、江戸末期の儒学者、佐藤一斎の『言志四録』、西行法師、徒然草、藤沢周平……等々、川村さんの知の遍歴が披瀝され、そこから人生の要諦をいかに読み取ったかが明かされる。

中でも面白かったのは、渥美清主演の『男はつらいよ』シリーズの大ファンで、作品のストーリーを実に克明に覚えていることだ。

本書で紹介される、とある場面。寅さんはおいの満男に、「何をするために大学まで行くのか」と聞く。満男は答えられない。寅さんは諭す。「あのなあ、道が二股に分かれていて、どちらが正しい道かわからない。そんなとき自分の頭で考えて、こちらに行くべき、と自分で決められるように、大学で学ぶのだ」。

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