凡人経営者と「名経営者」とのあまりに決定的な差 日立を救った「川村隆」は何がすごかったのか

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この荘子説に対する川村説はこうだ。

「(仕事は)経済合理性を追求するものであることは論をまたない。しかし、それは社会性を持つ人間たちによってなされるものである以上、とくに苦境に立った場面で、社会の中での人間同士の助け合い、思いやりなどが存分に発揮されることがある」

「これは人生そのものだと感じ入ったことが何回もあった」

その一方で、仕事は「最後に他人に評価されて価値が決まるところがある」ので、得られるのはあくまでも「やりがい」「働きがい」であり、「真の生きがいは仕事の中にはない、人生の中にのみにある」とも記す。

自分が示したテーゼに対するアンチテーゼ。この自己矛盾は、長く仕事人生を送ってきた人間が「仕事と人生」について自省する難しさを物語るが、教養人の名経営者はこう記述して、落とし前をつけるのだ。

「仕事と人生の間には、わずかな領域かもしれないが、分かつべからざる共通領域も存在する。よってそういう経験を仕事の中で持つことができた幸せな企業人は、それをその後の人生の拡大に有効活用できる、と私は考えている」

仕事に多少とも自らの生き方を投影することができた「幸せな企業人」は「その後の人生の拡大」においても「真の生きがい」を見つけ出すことができる。

ハイジャック事件に受けた影響

では、川村さんは企業人として、どのような生き方をしてきたのか。支えたのは、本書でも随所で語られる「ザ・ラストマン」の精神だ。

「ラストマンとは何か。組織の中での総責任者、すなわち最終的意思決定をしてその実行に責任を持つ者という意味だ」。日立の創業工場である日立工場に勤務して、30歳で課長に昇進したとき、工場長はそう訓示した。
「それから30年近く経ったある日、私は再びこの言葉を胸に刻むことになる」と、1999年7月23日に起きた全日空61便ハイジャック事件の顛末が語られる。

当時、本社副社長だった川村さんが乗った新千歳行きジャンボジェット便が羽田空港を出発直後、ハイジャックされ、刃物を持った犯人がコックピットに入り込み、機長を刺殺し、自分で操縦桿を握った。機体は地上200メートルまで急降下する。

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