一方で、従来の伝統を受け継いだ「最後の車両」という面もある。
赤い車体に細い白帯を配した塗装もその1つだが、外見上の特徴として挙げられるのは前面下部の「アンチクライマー」と呼ばれる出っ張りだ。アンチクライマーは数枚の板を櫛状に重ねたような形の部品で、京急では長らく先頭車に必ず取り付けられていた。1500形もこの伝統を踏襲したが、次代の600形以降には取り付けられず、事実上1500形が最後となっている。
また、戸袋窓の存在も1500形がラストだった。2001年以降のリニューアル時に「アルミ車体と仕様を共通にして外観を統一するとともに、メンテナンスの向上を図るため」(同社広報担当者)として埋め込まれてしまったが、最初につくられた鋼製車体の20両はもともと戸袋に窓のある車体で登場。妻面(車両の連結面)にも窓があった。当時を知る社員は、「初期の車両は戸袋窓、妻部にも妻窓が装備されていたので車内が明るく感じた」(40代元車掌)と語る。
初の技術やデザインを数多く取り入れつつ、従来の伝統も引き継いでいた1500形。一見地味な車両だが、1980年代以降の京急の発展を反映してきた車両といえるだろう。「外見は同じように見えるが(初期車の)界磁チョッパ制御やVVVF制御車など、いろいろとバリエーションがある」(50代元運転士)という、実は個性に富んだ車種なのだ。
4両編成は大師線の「顔」
さまざまな改良を加えながら、昭和末期~平成初期の8年間にわたってつくられた1500形。登場から十数年を経た21世紀初頭からは車体の更新工事が行われ、車内の座席などを一新した。また、2006年からは4両編成・8両編成をつなぎかえて6両編成にする改造が進み、同時に制御システムを界磁チョッパからVVVF制御に改造。機能的にも大幅なリフレッシュを果たした。
一方、最初に登場した20両の「鋼製車」は最高時速が110kmとやや低く、4両編成ということもあり、現在はもっぱら大師線が活躍の場。全長4.5kmの路線を行ったり来たりするのんびりとした運用が主体だ。
そんな彼らの晴れ舞台は、なんといっても新年の干支ヘッドマーク。公募の中から選ばれた作品を掲げて走る姿は正月の風物詩だ。「大師線運行時にヘッドマークが掲出されると、新年が明けたと実感する」と30代の現役運転士。ちなみに1500形は「現在では唯一ヘッドマークを掲出する取り付けフックのある車両」といい、まさにこの仕事にぴったりの車両だ。
全国の鉄道で1980年代生まれの車両が次第に消えつつある中、古さを感じさせないデザインで今も主力の一角として活躍を続ける1500形。アルミ製車体の車両も含め「再度の更新工事の計画はない」(同社)というものの、「赤に白帯」の伝統色をまとった電車はこれからも力走を続けるだろう。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら