シンガポールや香港と言えば、住み込みのメイドが雇える。共働き子育てを推進したいのなら、こういった国に見習えばいいのでは――。安倍晋三政権が2012年末に女性活躍推進をうたい出してから、このような声をよく聞いた。
実際に、子育て施策等の国際比較を行っている学術書や論文の中にも、シンガポールの子育て家庭には葛藤がないかのように描かれているものもある。そのことを、60代のシンガポール人女性の大学教員らに伝えたところ、「そんなこといったい誰が言っているのー!?」と一笑に付された。
シンガポール人の母親たちにも、葛藤はある。共働き前提社会に見えるシンガポールにも、外注できない役割がある。今回は家庭に残る役割について見ていこう。
住み込みメイドはすべてを解決するか
シンガポール在住約20年のある日本人女性は、「日本に外国人の住み込みメイドを導入しようなんて、とんでもない」と首を振る。間取りの問題等もあるが、雇用主側にもマネジメント力が問われ、またさまざまなトラブルが付きまとい、そんなに生易しいものではないからだ。
もちろん、シンガポール在住が比較的長い日本人が帰国する際に「メイドさんごと連れて帰りたい!」というほど、個人としてのメイドを信頼し、それゆえ頼りきり、制度としても持ち帰りたいというケースもある。
しかし、とりわけシンガポール人には、メイドとの間で苦労した経験を持つ家庭が少なくない。
「あるとき、メイドがいなくなって空港で男と逃げようとしているところが見つかった」
「友人が何年も尽くしてくれたメイドを、“これまでありがとう”と送り出す日、ケーキを焼いて持ち帰りたいと言い出したので許したら、焼きあがったケーキが割れて、雇い主の高価な指輪が出てきた」
そんな驚きのエピソードには事欠かない。
上野加代子『国境を越えるアジアの家事労働者』(2011年)は、メイドたちは弱い立場に置かれているゆえに、サボりや盗みなどのさまざまな策を講じているとの見方をする。
また、住み込みの外国人メイド形式には、経済格差を利用したグローバルケアチェーンと言われる問題がある。つまり途上国の女性たちが先進国の母親の子どもの面倒を見る一方で、母国では残された子どもの面倒をさらに貧しい女性が見ているというケアの連鎖があり、連鎖の末端にしわ寄せがいくという問題だ。
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