野球部監督の叱責で16歳少年が自殺、遺族の訴え なぜ彼は死を選び、両親は9年後の今も闘うか

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亡くなったA君が小学6年時に書いた作文。「建築士になりたい」と将来の夢を綴っている(写真:遺族提供)

そこで思い浮かぶのは、A君が顧問から投げつけられた「存在価値はない」という言葉だ。上述した報告書にA君の言葉で「存在価値」「存在」が出てくる。顧問が発した言葉の刃に16歳が敏感に反応していることがわかる。

顧問や生徒指導推進参事の言葉に対する事実確認等を岡山県教育委員会へ申し込むと、岡山県教育庁教育政策課より「ご遺族から求められている詳しい説明に向け、現在、ご遺族と調整を続けており、引き続き真摯に対応していきたいと考えているため、当該教諭も含め、現段階で取材をお受けすることは控えたい」と返事があった。

そのことを遺族に伝えると「ほとんど進展のない調整を言い訳にしないでほしい。息子の死後から、県教委に真摯に対応いただいている印象はありません」と父親は顔をゆがめた。

当時、県教委との面会に同席した元PTA会長は「(県教委は)亡くなった生徒の命より、自分たちの立場を守っているように見えた。だから、いまだに遺族にとって誠意のある謝罪もない。自らを省みて変わろうとしていない」とあきれ果てた様子で話した。

なぜ遺族への謝罪も、教員の処分もないのか

とはいえ、ほかの自治体でも遺族への十分な説明や謝罪、教員の処分を行わないまま、一足飛びに、再発防止策の策定に話を変えてしまうケースが少なくない。

その背景として、一般社団法人「ここから未来」理事で指導死に詳しい武田さち子さんは教員からの「訴訟リスク」を挙げる。

「教員を処分した教育委員会が、その教員から処分不当で訴えられるケースも少なくないため、簡単に実行できない。近年、文科省が教員の(児童生徒に対する)わいせつ行為を原則として懲戒免職にするとしたように、パワハラ事案に関しても処分基準を国がつくるべきだ。ただ、大阪や兵庫などで適切に処分する自治体も出てきているので、参考にしてほしい」

体罰根絶宣言から8年。いまだ日本のスポーツ界や部活動で暴力やパワハラが蔓延する理由のひとつは、加害者の責任がほとんど問われてこなかったことが挙げられる。

その意味で、説明責任(アカウンタビリティ)の向上を図りつつ、本格的なパワハラ防止に着手すべきだ。関係者は対症療法より原因療法に重心を移し、真実と向き合ってほしい。そうしなければ、子どもの命は永遠に守れない。

島沢 優子 フリーライター

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しまざわ ゆうこ / Yuko Simazawa

日本文藝家協会会員。筑波大学卒業後、広告代理店勤務、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。主に週刊誌『AERA』やネットニュースで、スポーツや教育関係等をフィールドに執筆。

著書に『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』(小学館)など多数。

 

 

 

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