アメリカに2つの「ノマドランド」が存在する理由 IT成功者と季節労働者の間に流れる深く長い河

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もう1つの「ノマド」を考えます(写真:8x10 / PIXTA)
次々と打ち出される技術革新、モノ・人・情報の国境をこえた急激な移動によって、わたしたちの日常は活気に満ちているように一見、見えていた。しかしコロナ禍は、その表皮をめくってみれば、さまざまな領域で、深刻な秩序崩壊や価値の混乱に直面している現実を浮かびあがらせている。
混沌の時代に分野を横断しながら、こうした多様な「問い」に向き合うことをテーマとする雑誌『ひらく』第5号にも寄稿された思想家の佐伯啓思氏による巻頭言を抜粋し掲載する。

希望も展望もない灰色の風景

クロエ・ジャオという中国人女性が監督をした『ノマドランド』という映画をみた。昨年のベネチア映画祭でも金獅子賞を受賞し、今年のアメリカ・アカデミー賞(3部門)受賞の評判の映画である。

ネバダ州のある町で、リーマンショックによって企業が破綻し、企業城下町そのものが崩壊した。ただ一人放り出された主人公の女性は、キャンピングカーに乗って、季節労働者としてその日暮らしをする。

原作は、ジェシカ・ブルーダーの『ノマド 漂流する高齢季節労働者たち』というノンフィクションで、この映画も、キャンピングカー生活を送る「高齢季節労働者」が出演した半ばドキュメンタリーでもある。主演は、前作『スリー・ビルボード』でアカデミー主演女優賞を獲得したフランシス・マクドーマンド。何とも個性的でリアルな「ノマド」を演じている。ついでにいえば、前作の『スリー・ビルボード』も今日のアメリカを知る上では必見という映画であった。

ノマドとは遊牧民のことで、最近は、「ノマドワーカー」など、パソコンやスマホを携えて固定したオフィスをもたずに仕事をするIT関係者をさすようだが、もちろん、この映画の季節労働者はまったく違っている。全編、ほとんど日の照ることのないどんよりと曇った画面が、ネバダ州の砂漠や延々と続く岩山の壮大な風景を包んでいる。総じてここには希望も展望もない。

かつて、ポストモダン思想家のドゥルーズやガタリが、ユートピア的に述べた「ノマドロジー」などという気楽な思想的な遊びとも無縁である。ただここにはある清々しさがただよっていることも事実だ。

そこで、ここには、底辺の生活を強いられながら、同じ境遇の仲間と励ましあいながらも自立する、いかにもアメリカ的な独立の精神が描かれているということも可能かもしれない。

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