オリンピックでゴルフ競技が初めて行われたのは、第2回の1900年パリ大会(フランス)。この大会はパリ万国博覧会の付属大会とされ、開閉会式はなく、競技は5カ月ほどにわたって開催された。日本では日清戦争と日露戦争の間という時代だ。
パリ大会のゴルフは男子と女子の個人戦が10月に行われた。会場は、パリ郊外のコンピエンヌGCだった。
女子の優勝者は、アメリカのマーガレット・アボット。彼女は当時、母メアリーと一緒にパリに滞在していて、美術の勉強をしていた。シカゴでゴルフを始めて大会にも参加しており、滞在していたパリで大会があるというので、なかば飛び入りで母と一緒に出場した。9ホール47で回って優勝。母は67で7位に入っている(10人出場)。
オリンピックに出場した認識がなかったアボット
実はアメリカでもアボットの優勝はあまり知られていなかった。アボット自身も「パリで開かれたゴルフの大会で優勝した」という認識で、オリンピックに出たという認識は1955年に亡くなるまでなかったという。
その後の調査で判明し、1996年アトランタ大会(アメリカ)の公式プログラムに金メダリスト(優勝者)として名前がある。アメリカの女子選手の金メダリスト第1号(実際に授与されたのは金メダルではなく磁器のボウル)で、同じオリンピックで同一競技に母子同時出場したのはこのアボット母子しかいないという記録的な快挙でもあった。
ちなみに、当時の女性のゴルフウエアは「ロングスカートとファッショナブルな帽子」だったそうだ。アボットの写真ではないが、1923年の雑誌「ゴルフドム」(JGA所蔵)に当時の女性ゴルファーの写真があった。イメージが湧くだろうか。
男子(12人出場)の優勝はアメリカのチャールズ・サンズ。この人はテニスにも出場している。所属していたアメリカのセント・アンドリュースGC(イギリスの世界最古のゴルフ場セント・アンドリュース・リンクスとは別)のホームページによると、テニスのほうはシングルス、ダブルス、混合ダブルスで1回戦敗退だった。
この大会で男子8位に入ったのが、アメリカのアルバート・ランバート。彼は次のオリンピックである1904年セントルイス大会(アメリカ)のゴルフ競技に大きくかかわっていく。ゴルフは2016年リオデジャネイロ大会(ブラジル)で復活したが、その前の最後がセントルイス大会だった。
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