ちなみにマイケル・ジャクソンは当時、クイーンのロジャー・テイラーに「"地獄へ道づれ"を(シングルで)出さないんだとしたら、あなたたちって頭がかなりおかしいと思うけど」と焚きつけたという(サイト「rockin'on.com」2012年9月4日)。その結果、『Another One Bites the Dust』はシングルカットされ、アメリカ・ビルボード1位に輝くのだが。
実は、リズムパターンだけでなく、コード進行も単純だ(以下、両曲ともキーをCに移調)。ざっくり言えば、Aメロはずっと「C」で、Bメロやサビ、ラップは「F-G-Am」の循環コードが基本となっている(一部別のコードも入るが)。『Dynamite』はさらに単純で、とにかく「Am-Dm-G-C」を一切外さず、延々と繰り返す(最後、AmからBmに転調)。
Jポップは、複雑なコード進行が特徴の音楽ジャンルだった。平成に量産された、テンションや分数コード、転調などをふんだんに使った音楽に、日本人の耳が慣れてしまった。そんな耳に、「♪ドン・タン・ドン・タン」とシンプルかつ「もっちゃり」したリズムパターンとシンプルなコード進行が組み合わさった音楽は、とても新鮮に響く。
また、リズムパターンとコード進行のシンプルさは、Jポップがメインターゲットとする若者を超えた、幅広い層に間口を広げる。『Butter』にクイーン『Another One Bites the Dust』を感じたような私世代も含めて。
実は、日本の人気グループback numberの清水依与吏が楽曲提供した、BTSの日本向けシングル『Film out』(2021年)は、Jポップ風の、それなりに複雑なコード進行になっている。このあたり、ターゲット国・ターゲット層を見据えた、BTSやそのスタッフの緻密な戦略を感じさせて興味深い。
とにかく飽きさせないボーカルアレンジ
と、ここまで読んで、「シンプルなリズムとコードで出来た短い曲なんかで人々は満足するのか?」と思われた人も多いかと思う。まさにそうで、『Butter』の最大の魅力は、「シンプルなリズムとコードでできた短い曲」という点にではなく、その上に乗るボーカルにあると、私は考える。
ソロ、ユニゾン、ハーモニー、さらにはオブリガードやシャウト、はたまたラップと、とにかくさまざまな音楽的アイデアを、これでもかこれでもかと手を変え品を変え詰め込んだ、とにかく飽きさせないボーカルアレンジ――これこそが、『Butter』が持つ破格の作品性・商品性につながっているのだ。
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