炭素税は、炭素集約度が高い貿易財を生産する企業の国際競争力に悪影響を与える。また、炭素制約の緩い海外生産が増えれば世界の排出は減少しない(リーケージ)。本来は国際的に同等の規制・カーボンプライシング措置の導入が望ましいが、難しければ、WTOルールと整合的な国境調整措置が必要だ。
また、成長への考慮も必要だ。政府は「成長に資する」カーボンプライシングという言葉を多用する。これを「成長率を直接高めなければカーボンプライシング導入不可」と理解するのは不適切だ。炭素税は効率性の観点で成長への悪影響は他の手段より小さい。
それでも、炭素排出という負の外部性は、これまでGDP計算時に考慮していない「隠れ債務」であり、これを内部化で補正すれば成長率に負の影響がある。長期的には排出削減のための投資と雇用が負の影響を凌駕する可能性もあるが、それを当然視はできない。なにより我が国の炭素中立の国際コミットは「成長に資する」限りとの条件を付してはいない。
私たちが滑っていく先はパックが向かう場所
アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、カナダのアイスホッケー選手ウェイン・グレツキーの「私が滑っていく先は、パックが向かう場所だ。パックがあったところではない」という言葉を好んで使った。
脱炭素に関連した政府の最大の成長戦略は、パックが向かう場所を明示することだ。菅義偉首相は脱炭素を宣言し、2050年目標は法制化された。次はその達成手段に関し、炭素税なら当初税額とその後の引き上げ幅等の制度設計を早期に提示する必要がある。
技術的にトヨタとホンダのどちらが正解かはわからないが、脱炭素に向けた取り組みの成否が企業の将来を決めることは間違いない。政府は、自ら技術の正解を決めるよりも、目標と内部化の制度を作り、排出に高いコストがかかることを明示して、企業や人々の工夫や行動変化を促すことが大切だ。
明確な制度の下で早期に動くほど企業は国際競争で有利となる。移行を強いられる人々への支援も忘れてはならない。変化を避けるのではなく、むしろ新たなパラダイムに向け変化を促し、企業や人々のダイナミズムを引き出す。大事なのは「パックがあったところ」ではなく「パックが向かう場所」だ。
(大矢伸/アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員)
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