高級ブランドも参戦!「表参道」不動産争奪の内幕

閉店中のオリエンタルバザーはフェンディに?

その時、戦争は最終決戦の終わりを迎えようとしていた。アメリカ空軍が爆弾の雨を表参道に降らせた。パニックになった通行人たちは、当時このあたりでは珍しい石造りの建物だった安田銀行(現・みずほ銀行)に避難しようとした。しかし、銀行員は略奪をおそれてこうした人々を追い出してしまう。朝には銀行の前に死体の山が積み上がっていた。

銀行のそばにひっそりと立つ記念碑は、このエピソードを思い起こさせる。殺された人々の脂が銀行前の石灯ろうに浸透し、消えない黒い染みを残していると言われている。

みずほ銀行のそばにひっそりと立つ記念日(東洋経済オンライン編集部撮影)

戦争が終わった時、アメリカの進駐軍が表参道を「ワシントンハイツ」と称する複合住居施設に変えた。この「勝者のコミュニティ」というビジョンは、アメリカ軍がその一部を破壊した都市で、彼らのブロンドの妻たち同様、日本人たちを魅了した。アメリカ人がハロウィンをやり始めたのもこの頃だ。コスチュームは本屋からおもちゃ店となったキディランドで買っていた。

1964年に開催された東京オリンピックのために、ワシントンハイツは取り壊された後日本へ変換され、代々木公園が作られることになる。

1972年には、表参道は、代々木公園を貫く井の頭通りとつながり、東京の重要な交通の要となった。その当時、表参道には住宅や質素な店が並んでいた。表参道の商店街はパリのシャンゼリゼをモデルにしており、実際「原宿シャンゼリゼ会」と名付けている(その後、商店街振興組合として法人化)。

同じ年、日本で最初のテラスカフェで、パリを思い起こさせるカフェ・ド・ロペがオープン。それは若い日本人が集まった裏原(原宿の裏)の黄金期で、ここから東京における西洋文化の隆盛を引き起こされたのだ。1978年には日本のファッションの拠点、ラフォーレ原宿もできた(ラフォーレができる前には、大変美しい教会があった)。

「銀座のほうがはるかに儲かる」

戦後50年で凄まじい発展を遂げてきた表参道だが、銀座を超す商業エリアになるかどうかは微妙なところだ。

実際、高級ブランドの幹部は「銀座のほうがはるかに儲かる」と口をそろえる。あるブランドの幹部は、「表参道の家賃は銀座レベルに達しようとしているが、売り上げはそうでもない」と語る。なぜか?

「銀座はほぼ1世紀にわたって、金持ちの日本人が買い物をするエリア。銀座ではつねに百貨店が富裕な顧客を引き寄せてきた。だが、表参道には百貨店がない。大型車向けの駐車場もとても少ない」(高級ブランドCEO)

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