戸部:ところで、菅直人さんのリーダーシップですが、船橋さんはどのように評価されているのでしょうか。非常に興味があります。
「逃げるな」
船橋:率直に申し上げて、菅直人・元首相は一国の政治指導者として持つべきリーダーシップという観点からすれば失格の部類だと思います。
例えば、3月11日の原子力緊急事態宣言の発出は、当時の菅直人首相が発出の要件をめぐり細かいことにこだわりすぎて、1時間半近く遅れました。その日、当時の海江田万里経産相は5時40分の時点で、首相に発出を進言しています。宣言は首相の権限で発出できます。
ところが、当時の菅直人首相が「法律のどこに書いてあるのか」「要件はなんだ」と細かいところを詰め出し、発出の根拠となる法律がなかなか見つからなかった。このレベルになれば発出だというのは省令にあるのですが、秘書官たちがもっていた六法には政令までしか書いていないので、条文を見つけられなかったんです。
菅直人さんはイライラしだして、与野党の党首会談に行ってしまい、結局、発出されたのは7時3分でした。細かいところを事務方に任せることができず、即座に「ウン」ということができない。つねに人を試すような聞き方をする。そして、やたら怒鳴り散らす。これでは危機の際のリーダーは務まりません。
翌12日の早朝には、ヘリコプターで現地に乗り込んで行きますが、必死で作業をしている現場は大迷惑でした。所長の吉田さんは首相の訪問を知り「来るのか、しょうがねえ」と思ったと証言しています。一国のリーダーが危機のときに、どこにいるのか、何を見て、どう決めるのか、誰と会い、何を話すのか、国民に対して何を語るのか。それらはすべて危機における国家統治の最重要事項です。
菅直人さんには全体像を大づかみにし、指揮下の人と組織の強さとよさを最大限引き出す将軍としての統率力と冷静さがなかった。
ただ、菅直人さんだから持った、というところも確かにありました。15日早朝、東電本社に乗り込み、東電社員を前に「命をかけてくれ」と演説しました。普通、首相のスピーチはどんな場合でも官僚が草稿を書きますが、このときはアドリブでした。
「日本が原発事故を自分で何もできないとなったとき、外国が、アメリカもロシアも、何もしないでいるだろうか……日本が占領されたということになる」
「君たちは、当事者なんだぞ。命をかけてくれ。逃げても絶対に逃げ切れない」
とこんな内容です。
そんなことを東電の社員に言ってどうするという批判はもちろんありますし、そもそも重大な原発事故の場合、最後は政府が責任をもって危機を終結させなければならないわけですが、菅直人さんがこの危機を日本という国家の危機であると認識し、闘争本能を剥き出しにしてそれに立ち向かっていたことは間違いないと思います。
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