なぜいま、企業のパーパスが問われているのか 私達はまだ株式会社の正しい使い方を知らない
しかし本書では、フリードマン・ドクトリンは決して自然法則ではないということを伝えたい。それはむしろ不自然なものであり、それが自然破壊の元凶であり続けてきたという理由だけでも、自然はこれを嫌悪していることだろう。
確かにフリードマン・ドクトリンがもてはやされた時期はあった。だが、それはもう時代遅れで、21世紀のビジネス・パラダイムとなる考え方ではない。
にもかかわらず、われわれがフリードマン・ドクトリンを信仰し続けるならば、社会、自然環境、そしてわれわれ自身が受けるダメージは計り知れなくなるだろう。
社会科学の理論の中で、非常に重要であり、かつ人類の存在にとって「脅威」となるに至るまで誤解されたものはほとんど存在しないが、フリードマン・ドクトリンこそ、21世紀において、まさにそのような理論になろうとしているのである。
私たちは株式会社の卓越性に気づくべきだ
株式会社は、雇用主、投資家、消費者、生産者、供給者などのすべての利害関係者を一体化したものである。株式会社は資本、労働力、土地、原材料、自然などを使用し、それにより衣食住を提供し、娯楽を生み出し、そして最終的にはわれわれ人間の葬儀を執り行う。
すなわち、株式会社はさまざまな要素を投入し、それにより、はるかに多くのものを産出する。
株式会社は卓越した組織であり、われわれは株式会社が多大な利益を創出する可能性を持っていることを認識しなければならない。株式会社は自然人と同様に、契約を締結し、雇用関係を結び、訴訟の当事者となることができる。それだけでなく、自然人よりもはるかに多くのことを達成することができる。
株式会社は、個人では望んでも実現できない程度のコミットメントを提供することができ、そしてコミットメントを提供する過程で、株式会社はわれわれが陥りやすい欠点や失敗を克服することができる。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら