しかし、日本では、「新型コロナ対応・民間臨時調査会」(コロナ民間臨調、委員長:小林喜光 三菱ケミカルホールディングス会長、前経済同友会代表幹事)の検証が明らかにしたように、「泥縄だったけど、結果オーライ」という認識が行き渡り、ワクチンによる感染の抑え込みではなく、「三密を避ける」といった社会的介入によって感染を抑えられると認識していた。ところが、変異株が急速に拡大し、感染をコントロールできなくなってはじめてワクチンの接種が進んでいないことに焦り始めている。
日本は創薬国であるにもかかわらず、国産ワクチンがないのは、少子高齢化により、ワクチンよりも治療薬の開発が優先されたことや、研究開発予算が限られていることや、過去のワクチン薬害などからリスクの高いワクチン開発を避けたことなど、さまざまな原因がある。これらの原因が一朝一夕に変わることはなく、日本が国産ワクチンの開発を民主主義国に求められているスピードで開発することは、今後も難しい
そんな中で日本に求められる政策は、まず、ワクチン開発を安全保障上の問題として位置づけ、ワクチン開発のための基礎研究を国が支え、将来の感染症に備えることである。いつ来るかわからない災害に対する備えは、地震であれ、津波であれ、感染症であれ、同じである。地震に対する備えと同様に感染症への備えとして、ビジネスにはなりにくいワクチン開発能力を国が支えなければならない。
また、ワクチンが開発できない場合に備えて、世界の製薬会社との関係を構築し、必要な量のワクチンを確保するための投資とネットワークづくりが欠かせない。ワクチンナショナリズムによって輸出規制がかかる場合もあるだろうが、世界の製薬会社に投資し、協力関係を築いておくことで、優先的に契約を結び、輸出許可を得やすい状況を作ることはできるであろう。
ワクチンは安全保障戦略としての再構築が必要
これまでの日本のワクチン外交は人間の安全保障という観点から、ワクチンの公正分配に主眼が置かれていた。パンデミックと戦うためにはグローバルなワクチンの分配は不可欠であり、公正な分配は最終的に目指さなければならない目的である。
しかし、新型コロナは保健衛生の論点を国際協力から安全保障にシフトさせ、地経学的な戦略が必要であることを認識させた。政府はワクチン開発を含め、感染症戦略としての検査、ワクチン、治療の備えを安全保障戦略として組み立て直す必要がある。これまでのように、厚労省や外務省に任せきりにするのではなく、国家レベルでの問題として国家安全保障局の経済班が司令塔となって地経学的観点から戦略を練り直すことが喫緊の課題である。国民の健康と安全を確保してこそ、人間の安全保障戦略を展開できるのである。
(鈴木一人/東京大学公共政策大学院教授、アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員)
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