今から30年ほど前、コンピュータグラフィックスによるアニメーション映画を作るなどは、とんでもない考えとされていた。実験的なグラフィックスアーティストやアニメーターがちょっとやってみるのならまだしも、大手の映画会社にとっては制作費が膨大にかかるにもかかわらず、人気が見えないリスクの大きなものだったのだ。
その証拠に、ジョン・ラセターはコンピュータアニメーションを制作しようと社内で一生懸命説いて回った揚げ句、ディズニーをクビになった。1983年のことである。ディズニーは、ラセターがそこで働きたいと子供の頃から夢に描いていた会社。せっかく手に入れた理想の職場は、このせいで彼の人生から消えてしまったのだ。
現在、ピクサー・アニメーションのチーフ・クリエーティブ・オフィサーとして名高いラセターにそんな過去があったとは信じられない。だが、このエピソードはクリエーティブな人間は先見の明を持つこと、先例がなくとも怖れずに広めようとすること、そしていずれ同じようにクリエーティブな人々に見いだされサポートされて、結局は世界を変えていくのだということを実感させる。
しかも、面白いことにラセターは今、かつて彼を追放したディズニー・スタジオ全体のチーフ・クリエーティブ・オフィサーでもある。世界の子供たちに夢を与えてきた歴史あるスタジオの頂点に立つラセターは、自分を「でっかい子供」と称しながらも、テクノロジーの先端とクリエーティビティの限りを尽くしたストーリーを世に送り込む役割を担っているのだ。
繊細に描き出される、キャラクターの「心」
ラセターの名前が知られるようになったのは、ピクサー・アニメーションが製作した『トイ・ストーリー』や『バグズ・ライフ』『モンスターInc.』『カーズ』といったアニメ作品によってである。オモチャや昆虫が主役になり、それぞれに愛くるしいキャラクターが仲間と一緒に苦難に立ち向かい、挑戦に破れたりする。仲間割れがあり、仲直りがあり、そして最後はついに勝利と平和を手に入れる。
単純なストーリーにも思えるが、それを見応えあるものにしているのは、キャラクターを細やかに表現し、物語をダイナミックに進めていくアニメーションの力量だ。
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