笑いや涙、スリルや喜びもちりばめられ、われわれは絵に描かれただけの昆虫やモデルカー相手だということも忘れて、すっかり感情移入をしてしまうのだ。コンピュータアニメーションは、手描きのアニメーションでは不可能な表現力も有していて、大人も子供もそんな別世界に浸って、精神を浄化することを許してくれるのである。
ラセターは、アニメーション映画を作る際に見極めることがふたつあると述べている。ひとつは、映画の核心となる「ハート」がどこに根差しているのかということ。ハートは主役のキャラクターの中にあり、その主役の成長と共にずっとそこにあり続ける。
もうひとつは、映画が描く世界が「自分もそこにいたい世界か」ということ。コンピュータのテクノロジーはどんなことも描き出せる。そしてストーリーや登場人物もどんどん変化する。「けれどもそのふたつは、最初にしっかりと見定めなければならないんだ。なぜならば、すべてのものがそこから派生するから」と彼は語っている。これは言葉を変えれば、作品で伝えたい世界観は頑強でなければならないということだろう。
核心はテクノロジーにはない
また、いくらコンピュータアニメーションと言っても、本当のストーリーを語るのはテクノロジーではないと強調する。「テクノロジーだけで見る人を楽しませることはできないよ。大切なのは、それを使って何をするかだ」。
その点で、ラセターはかつてアートスクールで学んだアニメーションの基礎を、今でも参考にしているという。手描きのアニメーション時代に教え込まれた人物ドローイングやパースペクティブの描き方、色彩論、ストーリーの組み立て方といったことだ。インターネットやテクノロジーを使ったビジネスを考える人々にとって、ラセターが説くものづくりの基礎の大切さは胸に刻んでおきたいことだろう。
ラセターは、1957年にロサンゼルス近郊に生まれた。父は自動車ディーラーの部品管理者、母は高校のアートの先生だった。母は、絵を描くことが好きな幼いラセターをいつも励ましたという。
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