「かぐや姫」のラストシーンに隠された深い意味 お茶目な筆者が竹取物語の最後に仕掛けた遊び

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愛娘と会えなくなった爺さんと婆さんは悲しみに暮れ、生きる元気を失いつつある。その一方、頭中将は派遣されていた大勢の兵士を引き揚げて、宮廷に戻り、かぐや姫を引き留めることができなかったと帝に報告し、預かった品を献上する。そして、愛する女性の置手紙を読んで涙を流し、奈落の底に突き落とされた帝は、一番高い山はどこだと尋ねる。

あふことも涙に浮かぶわが身には死なぬ薬も何にかはせむ
かの奉る不死の薬に、また、壺具して御使ひに賜はす。勅使には、調石笠といふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべき由仰せ給ふ。峰にてすべきやう教へさせ給ふ。御文、不死の薬の壺並べて、火をつけて燃やすべき由仰せ給ふ。その由承りて、兵どもあまた具して山へ登りけるよりなむ、その山を「ふじの山」とは名付けける。その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ言ひ伝へたる。
【イザ流圧倒的訳】
「もう貴女に会うこともできない、涙に溺れている私には、不死の薬なんぞ意味あるのか……否、ない…」と言って、帝はもらった壺と手紙をお使いに渡した。調石笠という人を呼んでもらい、それらのものを渡して、駿河の国にある山に持っていくように命じた。山頂に上がって全部燃やすように指示したのだ。その命令を受けた調石笠は、大勢の兵士を連れて、山に登ったので、それによってその山は「富士の山(士に富む山)」と名付けられた。その煙は今でも雲の中に立ち昇っていると言い伝えられている。

月の世界と人間界の「対比」より鮮やかに

『竹取物語』はこうして、煙をまき散らす富士山のイメージで締めくくられる。これもまた葉書のごとく美しく描かれたシーンであると同時に、軽快な語り口でサクッと読める場面でもある。

本来であれば誰もが欲しがる不老不死の薬だが、絶望のどん底に突き落とされた帝はそれを処分することを決心。このかぎりでは、愛を失った帝は老いて死にゆく人間界の一員に過ぎず、最高の権力者でありながらも、娘を攫わられた爺さんと婆さんと立場がまったく同じだ。

そして、死と老いを知らない月の都とそれを定められている地上、物語に出てくるその2つの世界は、薬が燃やされることによってより一層あざやかに対比するものとして語られ、その根本的な違いがさらに強調される。

その儀式が行われた神聖なる場所、天と地をつなぐ神秘的な山の名前は、「不死」からくるのではないかな……とここまで読んで早とちりしそうになるが、作者はその期待を裏切る感じでまったく違う語源を提示してみせる。

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