「技術に土地勘ない人」が絶対知るべきDXの根本 感情的に判断するのではなく「正しく恐れる」

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

「人の命は地球より重い」という美しい言葉で楽な判断をすることは許されない。本当に「人の命が何より大事」というならタバコは即刻禁止のはずだ。しかし人間にとって求めるものは何なのかを考えると、当然のこととしてすべてが「合理性」で片付くわけでもない。感情も重要になる。

つまり、単に生き残るだけでなく、どう生きていくべきなのかを考えるのが人間だからだ。「人の命より重いもの」として「個人の自由」などを考えるから、現時点でタバコは社会に許されている。結局は「すべての何より大事」という絶対的なものは存在しない。すべてをてんびんに載せて判断していることに変わりはない。

原発も火力発電所もてんびんの上

福島第一原子力発電所の事故のあと「原子力はほかとレベルの違う危険で、人間がコントロールできるものではない」といった論者もいたが、放射能が絶対的な危険で比較できないなどということは決してない。

『DXとは何か 意識改革からニューノーマルへ』(角川新書)書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

化学工場だって危険だし、だから殺虫剤を作るのをやめればいいというなら、農業生産量が下がり多くの人が餓死してもいいということになる。結局、すべてはてんびんの上である。

原子力発電所と火力発電所も「確率的な害」という観点で見れば、同様にてんびんの上なのだ。

確定的な毒の発生については、流石に現在の火力発電所では起こらないようになっているだろうが、例えばアメリカでの調査でも、化石燃料の発電所から排出される微小粒子による健康被害が毎年3万人ほど死亡数を増やし、呼吸器系疾患の患者数を10万人増やしているという。

東日本大震災以降、日本では原子力発電所を止めたため、大気汚染問題は棚上げにして火力発電頼みの状況となっている。

しかし、どんな技術にも「確率的な害」はある。アメリカでの計算から類推しても、火力発電所には大気汚染問題があり、結果として日本で万人単位の死の遠因となっている可能性があると言われている。今後のエネルギー政策を論じるとき、そのことだけはどうか忘れないでほしい。

坂村 健 東洋大学INIAD(情報連携学部)学部長、東京大学名誉教授

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

さかむら けん / Ken Sakamura

1951年東京生まれ。工学博士。1984年からオープンなコンピューターアーキテクチャー「TRON」を構築。2002年よりYRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長を兼任。いつでも、どこでも、誰もが情報を扱えるユビキタス社会実現のための研究を推進している。2003年紫綬褒章。2006年日本学士院賞。2015年ITU 150 Awards受賞。『IoTとは何か 技術革新から社会革新へ』(角川新書)など著書多数。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事