上杉謙信の美談「敵に塩を送る」実は打算だった

そもそも武田信玄に無償で送った史実はない

永禄11(1568)年12月、氏真の努力も虚しく、信玄が駿河に攻め込んできた。それまで、謙信は水面下で武田家との和睦を模索していた。これは首尾よく進み、永禄12(1569)年に一時的ではあるが「甲越和与」が成立している。同年、謙信は氏康との越相同盟も締結している。謙信は上洛準備を整えるため、東国との確執から抜け出そうとしていた。

大切な外交努力を進めている最中、謙信はつまらないことで武田家から恨みを買うわけにはいかない。このため塩留めには加わらなかった。謙信が塩商人たちを放置していたら、越後の塩は武田領で暴騰して、これを恨みに思った武田方も「敵に塩を送る」ではなく、「敵に塩を売る」の古語を遺しただろう。

謙信の対応で、武田領は深刻な事態に陥らなかった。その証拠として、武田の領民が塩不足に苦しんだり、いがみあったりしたという記録はない。また、塩送りの逸話を記すどの文献も「塩を無償で送った」というものにはなっておらず、「塩を高値で売りつけた」ともしていない。

史実に「敵に塩を送る」の実態があったとすれば、それは商戦でも美談でもなく、このような綱渡りの外交だったのである。

塩送りの逸話が「風流」に分類されたワケ

ところで、『山鹿語類』は、塩送りの逸話を「風流」の項に入れた。同書は人間の道徳や倫理を訓戒する書籍であるが、よりによってなぜ「風流」なのだろうか。

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これは、昭和の時代の話である。大富豪の親分が、企業の社長たちから「政治家に高額なパーティー券をたくさん押しつけられて困っている」と相談を受けた。親分は「おれに任せておけ」とすべての券を買い取り、若い衆を動員した。

親分は任侠世界の住民だった。セレブな有権者が多数集まる場に、強面の“ヤカラ”が押しかけてはたまらない。慌てた政治家は親分に謝罪して、パーティー券を元の金額で買い戻した。

この話の親分は、腹の底でこの状況を利用して、政治家や社長たちに恩を売る計算があったのかもしれない。ただ、この親分はあまり損得にこだわらないという評判だった。親分は「自分にしかできない快事をやってのけた」という気分を味わいたくてやったのかもしれない。自己満足であり、偽善であり、売名である。それでも親分は人々からの喝采を集めた。

謙信の塩送りも、こういうタイプの逸話だろう。謙信はこれから仲良くするかもしれない北条の機嫌を損なわず、今川からも反発されない形で「信玄と合戦する気はあるが、経済戦争には加担しない」と断り、同時に信玄との和睦を妨害されないよう計算して、塩の値段をコントロールした。

そして、一連の対応を小気味よい言葉で飾って上手に片付けた。その印象がそのまま武田家中に語り継がれたことで、この逸話は「救済」や「正道」みたいなところではなく、「風流」のカテゴリに属することとなったのではないだろうか。謙信自身は信玄に書状を送り、商人に下命を伝えたあと、人を救ったとも考えず、「いい気分だ」と思いながら酒を楽しんだことだろう。

世にいう「義の心」とは、こういう風流ある心映えを指すのかもしれない。

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