アジア系への「ヘイト犯罪」米国で野放しな理由 「差別の立証」は黒人やユダヤ系より難しい

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一方には、憎悪犯罪を起訴に持ち込むハードルを引き下げ、厳罰化を求める声がある。アジア系を狙った暴力事件の捜査を強化するため、ニューヨーク市警の財源拡充を求める動きもある。

その一方で、こうした提案に反対する人々もいる。警察活動の強化はアジア系コミュニティーへの悪影響がむしろ大きく、人種間の緊張を悪化させ、強引な捜査に古くから苦しめられてきた黒人やラテン系コミュニティーに対する不当な取り締まりの拡大につながりかねない、という意見だ。

「社会的により恵まれた層が憎悪犯罪で摘発されるケースは、ほとんど見たことがない」と公設弁護人団体リーガル・エイドで人種差別問題を担当するアン・オレデコ氏は話す。「憎悪犯罪事件では結果的に有色人種が容疑者にされることが多い」

ニューヨーク州法では、一部の犯罪を憎悪犯罪として重罪化し、刑期を上乗せすることも可能になっている。憎悪犯罪の証拠として検察は、容疑者によるヘイト発言やソーシャルメディア上にアップされた差別的な投稿を提示することが多い。

カリフォルニア州立大学サンバーナーディーノ校の憎悪・過激主義研究センターが行った警察データの分析によると、アジア系に対する憎悪犯罪の報告件数は主要都市のうちニューヨーク市で最も大きく増加した。ニューヨーク市警のデータでは、2020年は28件と、2019年の3件から大幅な増加となった。

データが不完全なことは当局も認めている。

ニューヨーク市警でアジア系への憎悪犯罪に関するタスクフォースを率いるスチュワート・ルー警視は取材に対し、アジア系は犯罪の通報をためらうことが多いと話した。言葉の壁に加え、在留資格について聞かれる不安があるからだという。加害者からの報復を恐れているとか、あるいは単に騒ぎになるのを避けたいといった理由から通報しない人も少なくない。

「手続きが大変なので尻込みしている面もある」とルー氏。「被害者は警察署に出向き、刑事と話し、さらに検察とも話をしなければならない」。

ニューヨーク市で昨年、憎悪犯罪として起訴にまで至った事件には、新型コロナウイルスを広げたとしてアジア系を攻撃したものが目立った。新型コロナを「中国ウイルス」や「カンフルー」(中国を揶揄するためにカンフーとインフルエンザを組み合わせた造語)と呼んだトランプ前大統領の発言と共鳴する動きだ。

コロナで増殖したアジア系差別

例えば、昨年3月にはある白人女性がアジア系に対する憎悪犯罪で起訴されている。検察によると、白人女性はマンハッタンで通りを横断中だったアジア系の女性にぶつかり、「あなたがここにいるからコロナが広まった」と言った後、このアジア系女性につばを吐きかけ、髪をひっつかんで引き抜いた。

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