アジア系への「ヘイト犯罪」米国で野放しな理由 「差別の立証」は黒人やユダヤ系より難しい

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先月チャイナタウンで発生した冒頭の刺傷事件について検察は、サルマン・ムフリヒ被告が被害者をアジア系という理由で標的にした証拠はないとしている。ムフリヒ被告は警察に対して、相手が自分を見る目が気に入らなかったと供述した。

ムフリヒ被告は10代のときイエメンからニューヨークに移住。取材に応じた被告の兄と母の話によると、被告は何年も前から精神面で深刻な問題を抱えており、何度もけんかを起こしては刑務所送りになっている。自分の兄と父を暴行して逮捕されたこともある。

ムフリヒ被告は現在も拘留中で、殺人未遂を含む4件の刑事責任を問われている。起訴内容に憎悪犯罪が加われば、懲役刑の期間は最低でも5年から8年に延びる。

身元が公表されていない36歳被害者の入院期間は2週間を超えたが、今は退院している。警察はこの刺傷事件を憎悪犯罪として起訴するよう提言したが、マンハッタン地区検察局は同意しなかった。

アジア系に影を落とす警察の黒人差別

マンハッタンのチャイナタウンでコミュニティー・オーガナイザーをしているシャーリー・ウン氏は、憎悪犯罪を立証するハードルを引き下げ、容疑者の保釈を廃止する案に賛同している。アジア系を狙った憎悪犯罪では当局の取り締まりが甘すぎるというのが同氏の見方だ。「容疑者に精神障害があったとか、そんな理由は安直すぎる」とウン氏は言う。

しかしその一方では、取り締まりを強化すればアジア系と黒人、ラテン系の対立が深まり、人種間の緊張をあおることにもなりかねないと危惧する声もある。

その1人が、中国系アメリカ人の社会福祉団体を率いるウェイン・ホー氏だ。コロナ禍の中、同氏の団体ではアジア系のメンバーの多くが差別的な言葉で嫌がらせを受けたが、彼らはあえて警察に通報しない道を選んだという。加害者は有色人種であることが多く、警察から不当な取り扱いを受けることになるのではないかと心配したためだ。

「この人が刑務所に入ることを私は望んでいるのだろうかと、自問した」とホー氏の同僚アリス・ウォン氏は話す。「誰かを刑務所に送り込んでも、それでヘイト行為が止まるわけでもない」。

こうした問題に対応し、法執行機関の内部からは、憎悪犯罪を犯した者には収監の代わりに反人種差別の更生プログラムに参加させるべきだとする声があがるようになっている。

(執筆:Nicole Hong記者、Jonah E. Bromwich記者)
(C)2021 The New York Times News Services

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