最近は人気声優が顔出しの番組に出演し、アルバムを制作することも当たり前になった。声優にもアイドル性やアーティスト性が求められる──。当時はそんな時代のはしりでもあった。実際、容姿や実力に恵まれた生徒が専門学校に通う2年の間にオーディションに合格したり、声優事務所に所属したりするケースもあった。しかし、ミチオさんにそうしたチャンスが巡ってくることはなかった。
実家からの仕送りがあったのは専門学校を卒業するまで。その後はアルバイトをしながらいくつかの養成所に通った。学費はレッスン回数にもよるが、週1、2回のレッスンで、入所金なども合わせると年間50万~60万円ほど。この間、節約のために家賃5万円台から3万円台のアパートに引っ越した。
養成所の中には声優事務所と提携しているところもある。養成所とはいえ、将来有望な人材を発掘、選別する場でもあるのだ。そこで実力を認められて系列の事務所に所属、デビューという流れは声優の典型的なキャリアでもある。しかし、ここでもミチオさんはチャンスをつかむことはできなかった。
30歳をすぎたころに通っていたのは、あるベテラン声優が主催する私塾のような養成所。提携先の事務所はなかった。1クラスに生徒は30人ほど。ミチオさんと同世代が多く、いくつかの養成所を経てきた人もいたという。
反省会とは名ばかりの「いじめ」
ミチオさんにとって何よりつらかったのは、レッスン後に近くの公園で行われる反省会。実態は反省会とは名ばかりのいじめで、ミチオさんはたびたびクラスメートからの“口撃”のターゲットにされた。レッスン中のミスの指摘だけでなく、「演技の際に女性の肩に触れたのはセクハラだ」「先生が俺らのクラスを指導してくれないのはお前の演技がしょぼいからだ」といった言いがかりをつけられ、最後は退所を余儀なくされたのだという。
生徒同士のつるし上げもくだらないが、安くはないレッスン料を取りながら結果的にそれを放置した主催者の声優も講師としていかがなものか。
「そう言われてみれば、そうだったかもしれません。でも、自分にとっては年齢的にもここを辞めることは、声優を諦めるということでもあったので……。いろいろと見ないふりをした部分はあったかもしれません。退所した日の夜はアパートで独り、泣きました」
声優になる夢は絶たれた。しかし地獄はここから始まった。
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