「声優になる夢」諦めた39歳男性の消えない後悔 コンビニ勤務のストレスで体重は160キロ超に

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ミチオさんは編集部に取材依頼のメールをくれた。なぜ取材を受けたいと思ったのか。ミチオさんは「40歳にもなるのにニートに毛が生えたような状態の自分の姿、自分の好きなことだけをやってきた成れの果ての姿を知ってほしかった」と答えた。

実は私もアニメ好きだ。正確には声優オタクである。時代が時代なら、私も声優を目指していたかもしれないと思う。先日、私が好きな声優の1人で、最近では「鬼滅の刃」や「呪術廻戦」にも出演している関智一さんがある番組で「ほとんどの生徒は専門学校や養成所のカモ」という旨の挑発的な発言をしていたことを思い出した。

あらためてミチオさんが通っていた専門学校の華美な外観を思い出す。たしかに大勢のカモがいたからこそ、あれだけ立派な建物も建てられるのだろう。ただ関さんの発言の真意は多分、「カモで終わるな」ということにある。ほとんどの人が夢半ばで去っていく厳しい現実があるからこそ、仮に声優になれなくてもその後の人生の糧になる何かをつかんでほしい、声優を目指したことを後悔しないでほしいと、関さんは言いたいのだ。

ミチオさんに話を聞く限り、彼の心は後悔が大部分を占めているようにみえた。ただ夢を諦めてまだ数年。後悔するか否か──。その帳尻は一生かけて合わせていけばいいのかもしれない。

「できればあんまり責めないでほしい」

取材で話を聞いてから数日後、ミチオさんからメールが届いた。そこには次のようなことが書かれていた。

「YouTubeを見ていたら、生活保護を受けている元ヤクザの高齢男性が出てくる動画に対して『自業自得』『勝手気まま、好き放題にふるまってきて今さら他人の世話になるな』というコメントがたくさん寄せられていました。(こうした批判は)若いころに芸能に打ち込んで大成できなかった自分のような人間にも向けられるんでしょうね」

自身のことが記事になってバッシングされることを恐れたのか。元ヤクザとかつて声優を目指した人間とでは少し違うし、YouTubeやネットのコメント欄に書き込まれる意見が多数派であるかも定かではない。ただコロナ禍において、俳優の西田敏行さんが日本俳優連合の理事長として同業者たちの窮状を訴えたところ、SNS上で炎上したことを見ても、現在の日本社会においてゆがんだ自己責任論を振りかざす人が少なくないのは事実だろう。

私がそう答えると、ミチオさんは「そういう批判をする人はアニメや映画、ドラマ、演劇とかのエンタメを楽しまないんでしょうか」と言った。ミチオさんにいわせると、こうしたエンタメの世界は、成功者だけでは成立しないことはもちろん、脇役や裏方も含めれば成り立つというものでもない。自分のように夢破れて消えていった数えきれないほど多くの人間もいて、初めて光り輝く世界なのではないか、というのだ。

「だから、できればあんまり責めないでほしい」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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