ミチオさんは養成所に通いながらコンビニでアルバイトをしていた。退所を決めたころ、経営母体が高齢の個人オーナーから会社組織に移行。ほどなくしてその会社から店長としてやってきた上司が独立したいと言い出し、ミチオさんは副店長として引き抜かれた。
月収は20万円ほどだったが、仕事は格段に忙しくなった。人手不足のせいで夜勤をこなした後、1時間仮眠をとってそのまま日勤に入ることも珍しくなかった。1人で勤務する夜間のワンオペも当たり前。トイレで用を足している間に寝落ちしてしまい、探しに来た客から起こされたことや、レジで立ったまま眠ってしまい、客に怒鳴られたこともあったという。
こうした激務を5年ほど続けたころ、くだんの上司から「資金繰りが厳しい」と打ち明けられ、ミチオさん名義での借金を頼まれた。結局、将来会社を立ち上げたときには役員にするからという言葉を信じ、自分名義のカードローンで約100万円を貸したという。
なぜ劣悪な職場にとどまり続けたのか
いろいろと疑問点がある。ミチオさんによると、勤務時間は実際の出退勤時刻をパソコンに打ち込んでいた。“証拠”があるのだから、労働基準監督署やユニオンに相談すれば何かしらの解決策が見つかっただろう。そもそもコンビニの人手不足は、いわゆるブラック職場であることが広く知られたことが原因のひとつだ。店員が違法な長時間労働をしても、資金繰りが苦しいのだとしたら、会社経営など成り立つわけがない。ミチオさんは上司にお金を貸す際に手書きの借用書らしきものは作ったものの、すぐになくしてしまったという。
そして最大の疑問は、声優の勉強と両立する必要がなくなったのに、他人の借金を肩代わりしてまで、なぜそんな劣悪な職場にとどまり続けたのかということだ。
「養成所を退所した時点で、すっぱりと気持ちを切り替えてハローワークで別の仕事を探すべきでした。正直、声優になることを諦めきれない自分がいたんです」
ミチオさんは数年前、北海道の実家に戻った。親戚の葬式のために帰省したミチオさんの変わり果てた姿を見た両親から「お前、このままだったら死ぬぞ」と驚かれ、なかば強制的に連れ戻されたのだ。
なぜならこのとき、ミチオさんの体はぼろぼろだった。コンビニ勤務のストレスで暴飲暴食を続けた結果、体重は160キロ超。手足はむくみ、皮膚の一部は黒く変色していた。実家に戻って病院に行ったところ、深刻な無呼吸症候群とリンパ浮腫と診断された。
ミチオさんは1年ほど療養した後、契約社員として施設警備の仕事に就いた。ところがホッとしたのもつかの間、昨年、細々ながら借金を返していたコンビニ時代の上司と連絡が取れなくなった。半分ほど残っていた借金は両親が肩代わりしてくれたという。結局声優への夢は借金を踏み倒されるというオチがついたところで、今度こそ終わりを告げた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら