長引く「親の離婚争い」に死を考えた少女の絶望 親視点の「子どものため」に引き裂かれる悲劇

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以来、千尋さんは母親との連絡を絶っているということです。帰り際、ドアの隙間から泣いている妹の姿が少しだけ見えたことを、彼女は申し訳なさそうに振り返るのでした。

「自分が生まれてきたせい」で親は離婚できないのか

それから数カ月後。千尋さんの苦しみは、飽和状態に達していました。

「もう、本当につらくなってしまって。でもそのつらいのを周りに見せるのはすごく苦手なので、とにかく明るくふるまっていました。夏休みもいろんな友達と遊びまくって、すごい充実した休みを送った後に、決めたんですよね、そこで死ぬというのを。でも結局、その日たまたま落雷とかの影響で、行こうと思っていた橋が閉まっていて。近くでボーッとしていたら、父が頼んだ警察の捜索で見つかって、今に至るんですけれど。

そこから何度も、生きていくことがつらくなっちゃうときが、どうしてもあって。死にたいっていう気持ちと、それはダメだ、という気持ちが自分のなかで闘うんですよね。その闘いをずっとやっていて、けっこうきついので、自分で心理学の勉強とかするようになりました。自分で勉強して、自分を治療していく、みたいな」

彼女の苦しさはやはり、両親の争いから生じている部分が大きいようです。

「離婚は全然、ずっと進まないんですよ。それは『子どもがいる』っていうせい。親権を決めなきゃいけない、とかってなるから。本来なら3年くらい別居が続いたら別れられると思うんですけど、『子どもがいるから別れられない』ってなっている。

そういうのをずっと経験してくると、やっぱり『自分が生まれたせいだな』って思っちゃうんですよね。そうするとだんだんと、自分が生きていることに対する嫌悪感が芽生えちゃってつらい。周りも自分の存在のせいでいろいろ大変になっているんだったら、『なんで生まれてきたんだろ』みたいな感覚になるし、どうしても自分のことが好きになれなくて」

子どもにこんなふうに感じさせてしまう状況を、この社会をつくる大人の1人として、とても申し訳なく感じます。離婚をめぐって両親が争い続け、子どもがそれを「自分のせい」と感じてしまうような状況は、早く改めていかなければなりません。

千尋さんは「妹に会いたい」と強く願いながらも、その気持ちも押し殺していました。なぜなら、もし父にその気持ちを伝えれば、親権をめぐる調停の交渉材料として使われてしまうとわかっていたからです。もし2人の親権を父親がもつことになれば、母と仲がいい妹が苦しむことにもなりかねません。それは千尋さんにとって、いちばん避けたいことでした。

「妹に関してだけは、本当に自分の感情関係なしに、妹の気持ちを優先で動きたいな、というところがあります。妹も、自分のことを考えて動いてくれる大人が周りにいなかったと思うので。自分と同じだと思うので」

千尋さんはつい最近まで「妹と会いたい」という自分の気持ちさえ、肯定できなかったといいます。信頼する高校の担任に「それは思っていいよ」と言われて初めて「会いたいと思ってもいい」と思えるようになったそうで、いまも「先生たちにはすごい支えてもらっている」と話します。筆者も、先生たちにお礼を言いたい気持ちになりました。

「離婚するっていうのは親の人生の話ですけど、自分がこの世に生んだ子どもは、親の影響を真に受けるので、そこはもう少し気にしてあげてほしいなって思います。親が精いっぱいなのは子どももわかっているけど、子どももそれ以上に精いっぱいで、何もできないので」

この春で高校を卒業する千尋さんの両親が、どうか早く、争いを終わらせてくれますよう。どうか早く、千尋さんが妹さんに再会できますよう。せめて彼女の思いだけでも、妹さんに届くことを、願わずにいられません。

大塚 玲子 ノンフィクションライター

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おおつか れいこ / Reiko Otsuka

主なテーマは「いろんな形の家族」と「PTA(学校と保護者)」。著書は当連載「おとなたちには、わからない。」を元にまとめた『ルポ 定形外家族』(SB新書)のほか、『さよなら、理不尽PTA!』(辰巳出版)『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)『PTAをけっこうラクにたのしくする本』(同)など。テレビ、ラジオ出演、講演多数。HP

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